――教科書はその後増えたんですか?
仲谷:現在では『触覚と痛み』(ブレーン出版)を始めとして、心理学や神経科学、生理学、皮膚科学、そして工学の知見に基づいて触覚を取り扱う教科書が数多く出版されています。また、皮膚感覚の重要性を訴える一般書も数多く書店に並ぶようになり、社会的な関心が高まっています。
2000年代初頭と比較して、触覚/触感を研究対象に選ぶ研究者の数は増えています。工学を起点として、VR(ヴァーチャル・リアリティ)における触覚デバイスについては、1990年代から研究開発が進み、マサチューセッツ工科大学からは「ファントム(PHANToM)」(力触覚フィードバックを与える入力デバイス)が発表され、市販化されました。今世紀に入り、2005年には第一回の世界触覚学会(いわば触覚研究のオリンピック大会)が開催されるに至り、その後、多方面で触覚研究は興味を集めています。昨年2017年にはハプティクス研究(編注:触覚技術のこと。力、振動、動きを与えることで力触覚フィードバックを得る技術と定義される。ヴァーチャルな物をそこにあるかのごとく感じられる)を産業に結びつけ社会実装を目指すシンポジウムがサンフランシスコで大々的に開催され、日本国内でも共著者の南澤さんを中心としてハプティックデザインを広く普及する活動を広く進めていらっしゃいます。
筧:熱がありそうだなと思うと、みなさん手を額にあてて熱を感じますよね。その時、手で額の熱を感じていると同時に額で手の熱を感じていて、触ると触られるが同時に起こっているんです。それは主体と客体が入れ替わるすごく不思議な体験だなと思いますね。
また無限プチプチってありますね。気泡をシート状にした緩衝材をプチプチするのが気持ちよくて触り続けてしまい、ついつい没入してしまう。そこでは「なぜ触るか」という意味のレイヤーではなく、触り続けることに引き込む感覚のレイヤーの強さがあります。私は技術的な領域とメディア・アートの活動もしているので、無限プチプチのようなインタラクションデザインに興味を持ちました。
触感よりもっと広くタンジブル(編注:デジタル情報に直接触れることができること)と捉えれば、たとえばIoT(編注:Internet of Thingの略。ありとあらゆる物がインターネットへの接続を通じ相互に制御すること)は、現在は情報が実体を持つ、もしくは実体を持つものが情報とつながることですが、将来的には必然的に接触や触ることにつながってくる。触覚を中心に研究している人も増えましたが、スマートフォンのタッチパネルのようなインタラクションに取り込まれるように、周辺領域の研究者も増えているのが実情です。
この本はテクタイルというグループで書きました。このグループは、触覚心理学と神経科学をつなぐ研究をしている仲谷さんや、触感を現代アートや教育へ組み込む活動をしている三原聡一郎さん、VRの触感を手元で感じる装置の研究をしている南澤孝太さんとさまざまな分野の人たちが「触覚」というキーワードのもとに集まったんです。
そのテクタイルの活動で、コンテンポラリーダンスをベースに即興で踊る人たちとコラボレーションしたことがあります。彼女ら/彼らは、お互いの姿が見えず、触れてもいない状況下で、互いを感じながら次々と動きをつくることができる。音の振動や空気が伝わっているのを肌で感じているのかもしれません。もしかしたら、現在の科学ではまだ解明できていないことが起きているのかもしれない。そういった広い意味で「触る」を捉えていくとまだまだ不思議なことはたくさんあると思います。