2024年4月24日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2018年3月23日

――テクタイルでは、触感をリアルタイムに伝送する装置「テクタイル・ツールキット」を開発していますね。たとえば、炭酸水のシュワシュワした発泡感を生み出したり。本書には、これまでに開発した「テクタイル・ツールキット」作品が登場しますが、再現することが難しかった触感は?

仲谷:いまお話した「冷たい/温かい」「硬い/柔らかい」「表面が粗い/なめらかな」といった感覚は、かなり忠実に再現できるようになりました。このような基本的な触感を組み合わせて、好ましい質感や高級感といった複合的な触感をつくりだす研究が行われています。物理現象を再現するだけでは表現し得ない、触感の主観的な要素をどのように現在の技術で再構成するかが課題です。また、ある人にとって「ツルツル」した触感でも、違う人にとっては「これはツルツルではない、スルスルだ」と表現する場合もあります。万人の感性に共通の触感を提供するためには、触楽入門でも触れたように、触覚だけではない要素が触感にもたらす影響についてよりよく知る必要があると考えています。

筧:興味深いのは、現実にはないイメージに対して触感を与えようとするとうまくいくことがある点です。たとえば誰も触れたことのない「赤い光」と「青い光」に触感を与えようと、学生たちに課題を出します。すると学生たちは試行錯誤して、その触感をつくりだすのですが、誰も触ったことのない光の触感の共通項のイメージをうまく見つけ出すことがある。触感は主観的なものだからこそ、共通項をいかに見つけるかがデザインのなかでは難しく、またそこがうまく行けばシンプルな機構で大きな効果を得られることがあります。

――現在は、どんな研究をしているのでしょうか?

仲谷:触感を再現する技術の面白さを、研究者以外の一般のみなさんに見てもらうのが第1段階、その技術を広く利用してもらうのが第2段階だとするならば、第3段階として触感を身近に体験して、かつその意義を具体的な体験できる事例をつくる必要があると考えています。

 そこで現在は、触ることを促すような育児環境で子どもが成長すると、どのような効果がもたらされるかについて興味を持って研究しています。小さな子どもが視覚や触覚を使って、どのように自分の身の回りと関わり合うかについては教育心理学の蓄積があります。この先行研究を参考にしながら、乳児の触れ遊びの様子をカメラで観測して、その中で垣間見られる見ることと触ることの量を機械学習に基づいた画像認識を援用して自動的に判別する系をつくっています。この系を利用して触れ遊びの効果を実証することができないかと考えています。

筧:以前は、バイブレータ機能などのある意味で機械的または電気的な触覚のつくり方をしていました。現在は、もっと踏み込んで形や硬さ、色までも含め、プロパティが動的に変わる素材そのものをつくる研究をしています。今後、タブレットやPCが状況やコンテンツによって形や硬さなどが変わる時代へ向けての素材つくりを軸としています。

 もうひとつは、少し前に注目された3Dプリンタのようなデジタルファブリケーションの先にある触覚や動きを含めたものを、みんながつくれるようなハードウェアや触感もパラメータの1つにあるような3Dプリンタの開発の研究もしています。

――新聞の書評欄などでも取り上げられましたが、あらためて出版後の反響はいかがですか?

筧:この本を出した当初は、コンピュータ関連の産業の方たちがいよいよ「触感の時代だ」と興味を持っていただけるかなと考えていたのですが、障がい者のための学校や施設、リハビリに関係する方々といった、むしろそれを待っている人たちとつながりましたし、化粧品関連の方々ともつながることができました。以前は、VRの触感の研究と、リハビリのためのデバイスや化粧品の研究はあまり接点がなかったので、交流できるようになったことが良かったことですね。これからはコンピュータのためのインターフェイスではないところに、触感研究が入っていくことを期待しています。

――最後に、あえてこの本を薦めたい人たちはいますか?

仲谷:触感は、五感のくくりのなかでもっとも発達が早く、人生の最後まで残る感覚だと言えます。何かに注意を向ける時に使われる感覚なので、思った以上に認知機能の発達や向上、維持にも影響を及ぼしていると考えています。触覚技術そのものに興味を持つ方もそうですが、身近に触れることを意識しやすい、教育や介護に関わる人にも読んでいただきたいです。

筧:いまの高校生くらいの年代の方たちです。デジタルの世界に、これからさらに飲み込まれていってしまう前に、この本を読んで自身の体や感覚に気が付き、見つめ直す機会になればと思いますね。
 

  
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