2024年4月24日(水)

オトナの教養 週末の一冊

2018年4月19日

――これまでの取材を通じて、虐待やネグレクトをしてしまう保護者の特徴は何だと感じますか?

杉山:本書にも書きましたが、たとえば14年5月に神奈川県厚木市内のアパートで、白骨化した子どもの遺体が発見され、保護責任者遺棄致死の容疑で逮捕された高橋健一(仮名)。(編注:子どもの遺体は、ガス、電気、水道が止まり、雨戸を締め切り、出入り口のふすまをガムテープで止めたゴミで埋もれた部屋の、布団の上で発見された。子どもが3歳の時に妻が家を出て5歳で亡くなったと見られる。その間高橋受刑者は子どもをその部屋に閉じ込め、仕事の日は1日2回、休みの日は1日3回、コンビニのおにぎりとパン、ペットボトルの飲料を食事として与えていたという。事件が発覚したのは子どもが生きていれば中学1年生の年だった)。

 この事件の裁判を傍聴し、高橋とも面会や手紙のやり取りもしました。裁判では、子どもに与えた食事の回数が最後まで焦点となり、検察側の証人として法廷に立った医師は「栄養不足から筋肉をエネルギーに変えることで筋肉が萎縮し関節が固まる『拘縮』が見える」と証言しました。ところが、法廷の外で複数の医師や児童虐待の専門家に取材をしましたが、飢餓状態の際に拘縮が起きるという研究や事例は聞いたことはないということでした。

 裁判中、健一の証言は二転三転しました。精神鑑定では、IQは69(編注:IQ70前後が知的障がいのボーダーラインと言われている)で、鑑定医は「正常下位と軽度精神遅滞の境界域の領域」だとし、「社会生活を送ることに支障はない」という結論でした。しかし具体的に、同じような知的困難を抱える人たちの子育て支援をしている人に取材をすると、知的な困難を持つ人たちは、将来を見通す力が弱いとか、自分に必要な情報を得ることが難しいといった、日常生活での困難を抱えることを教えられました。孤立したときにとても厳しい状況に置かれます。

 判決は、一審では殺人罪で懲役19年と、過去の児童虐待事件と比べても異例の量刑の重さでした。軽度の精神遅延や生育歴(編注:彼が12歳の時に母親が精神疾患を発祥し、高校生までの記憶がほとんど抜け落ちていた)は情状の理由にならなかったのです。そして二審では、保護責任者遺棄致死罪になり、懲役12年でした。とはいえ、情状は認められず厳しい判決でした。

 総じて我が子を虐待死やネグレクト死させてしてしまう親たちには、孤立している上に、さまざまな意味で社会的に力が弱い人たちが多いのではないか。社会が作り上げたルールにうまく適応できない。身近な人たちとのネットワークから切れてしまう理由があり、さらに公的、民間の機関に相談できず、犯行に至ってしまうケースが多いのではないかと思います。

――ルポライターの鈴木大介さんの『最貧困女子』(幻冬舎)でも、生活に困り、性を売る女性たちには、知的なハンディキャップや精神疾患を抱えていることが多いと書かれています。

杉山:以前、困窮家庭の子どもたちを支援する仕事をしていたことがあります。中には、知的ハンディキャップを持つ子どももいました。普段の会話はごく普通です。結構難しい本を読んでいる人もいました。ただ、変に頑固で、論理的に話しても、何が自分の利益になるのか判断できない。ちょっと不思議な言動も少なくありませんでした。裁判のなかで健一の知的なハンディキャップが明らかになった時、彼の法廷にはそぐわない姿勢や受け答えは、傲慢とか残忍ということではなく、知的なハンディキャップのせいではないかと感じました。

 またそれ以上に、彼が真っ暗闇に閉ざされた、ライフラインも止まった部屋で息子と2年間暮らしたということに、何らかの課題を抱えているのではと考えました。子どもだけにそのような環境を強いたのなら「ひどい親」だと思うのですが、彼自身がそのような、一般的に考えれば耐え難い環境で生活をしているのです。しかし検察側は、当初から「子殺しをしたモンスター」というストーリーを描いているように思えました。知的なハンディキャップや精神疾患を抱えているのは累犯受刑者にも共通する部分です。


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