2024年5月12日(日)

東大教授 浜野保樹が語るメディアの革命

2009年3月13日

海外で市民権を得た日本語                                      ―shonen、shojo、hentai

  展覧会の題名に「マンガ」という言葉がついているように、マンガは海外で市民権を得た言葉になっていて、現在ではマンガを英語で「comic」と訳す必要もなくなっている。日本のマンガは「Japanese comic」というより、「manga」と書いた方が正確なくらいだ。海外でmangaは、手塚治虫が作り上げたストーリー・マンガの手法で書かれた日本のマンガ、あるいはストーリー・マンガの作品を指すことが多い。

 アメリカには「コミック」、フランスには「バンド・デ・シネ」と呼ばれる、絵で物語るその国独自の表現形式がある。しかし日本のマンガが翻訳され、出版されると、自国や他国のものを押しのけて日本のマンガがその国の市場を制覇してしまう現象が起こる。フランスではマンガの出版点数や売り上げがバンド・デ・シネを凌ぐほどまでに成長し、2004年にはフランスの国立出版社協会の出版統計には「マンガ」という項目が新たに導入されたくらいだ。さらには公立図書館でもマンガを置くところが増えている。アメリカや韓国も同じだ。

 海外で通用するのはマンガという言葉だけではない。マンガに関係する用語も次第に、日本語のままで通用するようになっている。ルイジアナ現代美術館の展示は、3つに分類されていて、次のように記載されていた。

shonen
shojo
hentai

 shonenは少年マンガでshojoは少女マンガであると理解できたものの、hentaiとは何かと、キュレターの女性に聞いた。展示されていた作品である程度分かっていたのだが、エロチックなマンガを総称したジャンルだという答えが返ってきた。そんなことを若い女性に聞くお前が「hentai(変態)」だと言われないだけ良かったが、日本人としては「hentai」という言葉が世界中に普及することには複雑な思いが伴う。デンマークでは、いまではマンガの主たる読者は少女に移行し、少女漫画の人気が高いという。

グローバル経済で奪い合い!?―manga

  「マンガ」という用語が欧米で一般名詞となる過程には、紆余曲折があった。日本でもマンガをどう表現するかについては意見が一致していない。私が「マンガ」と表記しているのは、日本だけで使われているカタカナで表記するというマンガ家の主張に沿ったものだ。「漫画」と漢字で書くと、中国の同じ漢字で「マンファ」という表現方法があり、それに受け取られかねない。そのため故石森章太郎は「萬画」と書くことを提唱したこともある。コミックという言葉も使われたこともあるが、欧米のコミック(comic)と日本のマンガは表現方法が大きく異なる。

 「アキラ」や「ドラゴン・ボール」のマンガ本が欧米で話題と人気を呼んだ時期に、イギリスの会社が「MANGA」という言葉を登録商標にしようとしたことがあった。これは、イギリスでいえば「スコッチ」という言葉を外国人に登録されてしまうにも等しいことだ。以前、それを知ったマンガ家の里中満智子先生が中心となって海外の仲間と一緒に反対運動を起こし、事なきを得たという事件があった。それだけ、「マンガ」という言葉に商業的価値があることなのだが、このマンガの歴史上の大事件について特に資料が残っていないので、里中先生に確認したことを書き残しておこう。

 ある時、イギリスの出版社が「MANGA」と登録しようとしたことをフランスやイタリアのマンガ・ファンが日本に知らせてきた。そこで、当時普及し始めていたインターネットを通じて、「MANGA」は日本の一般名詞であり、商標登録はおかしいということを伝えようということになった。その途端、インターネットで火が点いた。この騒ぎにイギリスの出版社は「MANGAを守ろうとしただけ」と応じたが、他国のマンガ・ファンの反発は治まらず、結局は「MANGA」が一般名詞として受理されなかった。

 こういった歴史を伝えておかなければならないのは、同じことが繰り返されているからだ。日本の代表的なマンガ、たとえば「クレヨンしんちゃん」のような題名が、中国で次から次に登録商標を取られてしまい、日本の正式な商品が中国では海賊版と認定され、撤去命令を受ける事態が起こっている。

 2005年にも「manga」をめぐって、 WIPO(世界知的所有権機関)仲裁センターに提訴騒ぎが起こっている。マンガという言葉は、日本人の手を離れてグローバル経済の中で取り合いになっているのだ。


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