2024年5月11日(土)

東大教授 浜野保樹が語るメディアの革命

2009年3月13日

“ジャパニメーション”は差別用語?―anime

  mangaが世界で通用するとすれば、mangaに先駆けた日本のアニメーションは、海外でもその存在感は大きい。animeと言えば、日本のアニメーションを指す言葉として広く認知されている。

 日本国内でアニメはアニメーション(animation)の短縮語にすぎないが、作品とともに国外に出て行き、それらの作品の特殊性故に、特別の意味を持つようになっている。海外ではanimeとは、日本の商用アニメーション、それも平面的なコマ数の少ないアニメーションを指す。専門的に言えば、日本の2D(二次元)の商用リミティッド・アニメーションを言う。アニメーションには粘土や切り絵のアニメーションもあれば、ストップ・アニメーションなどさまざまなものがあり、日本ではそれらもアニメと言うが、海外ではanimeと言えば日本の2Dの商用アニメーションに限定される。

 日本国内ではアニメという言葉の周辺で、不可解な現象も見られる。日本のアニメーションが海外で受け入れられている状況を、日本のアニメーションが特別に「ジャパニメーション(japanimation)」として高く評価されていると語られることが多かった。しかし「ジャパニメーション」は、「ジャップ(Jap)」と「アニメーション」の合成語であって、「ジャップ」は、いうまでもなく欧米での日本人に対する差別用語で、「ジャパニメーション」は日本のアニメーションを軽蔑する言葉である。

 日本の工業製品は敗戦後、欧米では「安かろう悪かろう」の代名詞のように言われてきた。先人たちのたゆまぬ努力によって日本製のイメージは一変し、「メード・イン・ジャパン」は高品質を示す刻印のようになっている。「ジャパニメーション」は、海外で日本製が安い粗悪品と思われていたころのイメージを引き継ぎ、安くて質の悪い日本製アニメーションという批判的な意味を言下に含んでいる。

 「Jap」を辞書でひけば「奇襲、だましうち」とあるように、在外日本人の歴史は日本人の否定的なイメージを定着させている「ジャップ」という言葉を払拭する歴史だったといってもいい。ファッション・デザイナーの高田賢三がパリでブティックを開いたとき、「ジャングル・ジャップ」という名前を付けたため、在外の日系人の批判を浴びた。そういったことを見越しての挑発であったのだろう、のちに名称は「ケンゾー」に変更された。

 しかし、日本のアニメーション業界のごく一部の人は今もって、「ジャパニメーション」という言葉を好意的な言葉と誤解して使い続けている。しかし差別行為に対して厳しい欧米の業界人は決して「ジャパニメーション」という言葉は使わないし、海外のビデオショップにいっても、日本のアニメーションのコーナーで「ジャパニメーション」と書かれることは絶対なく、「アニメ」となっている。

浮世絵の二の舞ではなく

ショーウィンドーに飾られる日本の「アニメの描き方」教則本

  日本国内でマンガと言えば、英語でコミックと言っているものも含め、絵で物語る手法全体をさしているが、国外ではmangaはまったく異なるものである。animeも同様だ。mangaもanimeも日本人の手から離れて一人歩きしている。しかし、それ故にこそ、その母国である日本は、その質の維持と向上を図るように努める責務があり、注意深く行く末を見続けていかなければならない。

 かつて浮世絵は印象派の絵画に姿を変えて、絵画の革命を起こした。しかし浮世絵自体は、新たな表現を生み出し続けることはできなかった。しかし、今回は違う。例え産みの母ではないにしても、日本が育てたmangaとanimeという二つの表現方法は、ただプロの作品の鑑賞に留まるのではなく、新たな表現を世界中で誘発している。日本の表現方法が世界中で受け入れられたのは、有史以来初めてのことであろう。ストックホルムの画材屋のショーウインドウにも「マンガの描き方」の教則本が飾られていた。

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