2024年2月28日(水)

「犯罪機会論」で読み解くあの事件

2018年5月14日

 写真4と写真5は、今回の被害女児が下校時に友達と別れた踏切付近から、自宅へと向かう線路沿いの生活道路である。

写真4
写真5

 この道は、ガードレールがない「入りやすい場所」だ。車を使った犯罪者なら、この景色を見て、「だますにしろ、拉致するにしろ、車に乗せるのは容易だ」と思うに違いない。幹線道路に近い「入りやすい場所」でもあるので、誘拐した後、「あっという間に遠くへ逃げられる」とさえ思うかもしれない。

 またこの道は、人の視線が届かない「見えにくい場所」だ。写真の右側は、線路が続き、その敷地の幅の分、線路沿いの住宅の窓が遠ざかっている。写真の左側には住宅があるが、高い塀や生垣、シャッターや擁壁といった、窓からの自然な視線を路上に届きにくくする工作物がある。車を使った犯罪者も、歩きの犯罪者も、この景色を見れば、「だますにしろ、拉致するにしろ、犯行の一部始終が目撃されることはない」と考えるだろう。

 唯一、犯罪者が気にするとしたら、写真4の真ん中に見える、赤い屋根の家の窓だ。しかし、気にすべき景色が1カ所であれば、犯罪者はそれほど脅威には感じない。なぜなら、子どもに近づく直前に、こちらを見ているかどうかを最終確認できるからだ。2007年に、兵庫県加古川市で女児が自宅前で刺殺された事件でも、最終確認しなければならなかったのは、現場前の住宅の窓だけだった。

 これに対して、気にすべき景色が2カ所ある場合には、同時に最終確認できないので、犯行の着手を躊躇せざるを得ない。ただし、写真5の景色のように、犯罪者にとって気になるのが、正面と背面の道にいる車や人だけなら、その道の見通しがよければよいほど、驚異にはならない。近づいてくる人の有無を、はるか手前から確認できるからだ。

日本の防犯常識は世界の非常識

 ここで注意していただきたいのは、この線路沿いの生活道路について、「死角があるから危険」「人通りがないから危険」「街灯が暗い危険」といった意見があるが、いずれも不適切・不正確と言わざるを得ないことだ。

 まず、「死角」がなくても危険な場所は多くある。1990年に、新潟県三条市で下校途中に誘拐された女児が、同県柏崎市で9年にわたって犯人宅に監禁された事件では、見晴らしがいい田んぼ道が連れ去り現場だった。今回の事件でも、線路敷地は、死角にならない場所である。


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