2024年7月13日(土)

個人美術館ものがたり

2011年4月18日

杉本健吉(1905~2004年)

 でもそういう高熱をくぐり抜けて残るものはあるわけで、いまは杉本健吉の絵を見て、その味を堂々と味わえる。若いころはその味を横目で見ていたが、年をとるとそんな横目づかいも面倒になるのだ。

 杉本健吉の生涯の絵をあれこれ見て思うのは、これだけ絵を描くのが好きだということへの羨望である。たとえば戦時下の絵で「少年航空兵訓練(基地)」という油絵の小品がある。空には水上飛行機、陸には航空兵士たち、そして逆光の海に半曇りの空というその絵の味わいが、他の風景画と変りはないのだ。戦時であるから特殊な思いもあるのだろうが、それに捕らわれることなく、そこで「絵」を描いている。

 奈良国立博物館を描いたシリーズにも、同じことを思う。博物館だから、美術作品を見せるための大きな展示ケースがある。中にはたぶん国宝や重文にあたるものが並んでいるのだが、そういう大事なものよりも、その館内の静寂の光景そのものを絵に描いている。そこではその展示のガラスケースが絵の中心になっていて、中の「お宝」の姿はほとんど描かれていない。「お宝」におもねることなく、その場に立った自分の感覚を「絵」にしているのだ。

「東大寺大仏殿遠望」
1975年 油彩・麻布

  それが杉本健吉の描写の気持よさだ。絵を描いていると、本来は絵のための描写なのに、固くなるとその描写がどんどん絵から外れて、ただの観察になっていく。そもそもは「絵」に向う描写なのに、絵に自信がないと、観察そのものに逃げていく。だから、最後まで絵が好きな杉本健吉の、その気持が、羨ましい。 「僕はずいぶんウソを描いています」という杉本の言葉も面白い。「東大寺大仏殿遠望」では、県庁の建物があまり高いので、半分くらいに低くしたり、大仏殿をうんと大きくしたり……、と語っている。これは乱暴な開発への抵抗の気持も含まれているわけだが、それよりも、描写は観察から始っても、最終的には「絵」のためにあるんだということがにじみ出ていて、つくづく同感するわけである。

 杉本は元来鉄道が好きで、地元の名鉄とは何かと縁があった。晩年、杉本が作品保管の倉庫が必要になり、それを知った名鉄が、保管するだけではもったいない、という話から、この美術館が出来たわけである。

  (写真:川上尚見)

【杉本美術館】
〈住〉 愛知県知多郡美浜町美浜緑苑1-12-1 〈電〉0569(88)5171
http://www.sugimoto-museum.jp/

洋画家・杉本健吉の個人美術館として1987年に開館。94年に新館を増築した。場所は本人が景色のよさから選んだ。本館は洋画と、「新・平家絵物語屏風」「聖徳太子絵伝」の画稿や軸装作品を常設展示するほか、企画展示室や茶室として活用できる「杉庵(さんあん)」、呈茶(有料)のあるレクチャールームなどがある。新館はとくに「両界曼陀羅」と「空海像」を展示するために設計された。美術館のところどころに本人の提案が取り入れられているという。毎月第1土曜には本館の地下にあるアトリエも公開。

〈開〉 9時30分〜16時30分(入館は16時まで)
〈休〉 水曜(祝日の場合は翌日)
〈料〉 一般900円

◆ 「ひととき」2011年4月号より

 

 

 

 

 
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