下図は、ウランバートルの人口推移の予測を表したもので、青線は政府が都市計画に伴う人口、赤線が現状の人口である。2009年にはすでに当初計画である2020年の112万5千人をゆうに超えた125万人にも達した。計画人口と現状人口との年々の乖離増大の背景には、政府の予想をはるかに超える元遊牧民たちの人口流入がある。
現在では、もはやこれ以上ゲルを建てられない状況に陥り、今年1月、政府は、ウランバートル市内に流入する遊牧民を規制する条例を制定。しかし、それでも墓地をぶち壊してゲルを建てる遊牧民までいるという。政府が、遊牧民の流入を規制した要因に、冒頭の「大気汚染」問題があるのだ。
「環境難民」が生む次の環境問題
ゲル地区に住むソロンゾンボルドさん一家もその一人。彼らの「ゲル」からは、調理やマイナス50度の極寒に耐えるために燃やした石炭から出る汚染物質を含んだ真っ黒な煙が上がっている。
煙の街と化したウランバートルの病院には、廊下に溢れかえるほどの患者が、大気汚染を原因とする「肺炎」などの病気を患って、受診に来院している。
毎年400人を超える幼児が大気汚染を原因とする病気で死亡しているという。胎児や妊婦にも大気汚染の影響が及んでいる。
ソロンゾンボルドさんの次男ニヤムバザルくん(小学6年)も肺炎をこじらせ、冬に外で遊ばないようにしている。
ソロンゾンボルドさんと妻は、ウランバートルのビル建設現場で内装業として毎日朝から晩まで働いている。2人の稼ぎは合わせて日本円で月収4万円ほど。子供達の学費どころか次男の医療費を捻出するのでせいいっぱい。ニヤムバザルくんの夢は、科学者になるため日本の大学で学ぶこと。子供の夢を叶えるため、両親は大気汚染に加担していることに胸を痛めつつも、安価は石炭で生活を支えている。
そもそも彼らは、遊牧時代、「持続可能」な自然のサイクルの中で生きていた。家畜の毛や皮から衣服やゲルを作り、家畜の肉や乳から食事を作り、家畜の糞さえも夏の間に乾燥させ、冬に燃料として利用している。彼らの生活に、一切の“ゴミ”は排出されないのだ。
しかし、今や家畜を失った彼らにとって、安価な石炭のみが命綱となっている。心地に住む富裕層や中間層は、セントラルヒーティングが完備されたマンション等に居住している。
ゲルから排出された煙は、富裕層らが住む地区に流れやすく、ソロンゾンボルドさんの妻は、富裕層から罵倒され唾を吐かれたそう。「申し訳ない。でも仕方ないんです。非難の目を向けられることのない遊牧民に戻りたい…」と胸を詰まらせた。