2024年4月27日(土)

個人美術館ものがたり

2011年6月21日

 そこから浮世絵の価値に目覚めて、帰国後は蒐集に熱を入れ、自分に金があればすべてを浮世絵に注ぎ込んだ。しまいには父親にその熱狂ぶりを叱責されたが、それには頑として応じなかった。といってそれは金にものをいわせてというのではなく、一点一点丁寧に吟味して、こつこつと買い集めていくものだったという。五代の好みとしては、広重がいちばん多いそうだ。この点、じつに同感である。

さまざまな筆致や独特の構図がうかがえる小林清親(1847~1915年)の作品群。
一番左はポンチ絵と呼ばれる風刺画

 でも五代はそのコレクションを他人に見せたがる人ではなく、美術館の話は存命中にはなかった。でも亡くなってからはやはり散逸を防ぐために、息子たちの手でこれが実現する。いまの美術館の場所はもともと太田家の土地としてあり、それは原宿が現在のようになるはるか前からの話である。

2階から1階を見下ろした図。日本庭園を模した場所には椅子があり、足を休められる。
その向こうの畳へは上がって、じっくりと作品を鑑賞できる。美術館には靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて入館する

 五代亡き後、まず銀座にあった東邦生命本社の7階で「太田記念美術館・開館名品展」が開かれ、ほぼ毎月2年間それがつづいた。その準備期間の後この美術館が正式にオープンする。

 現在の館長は五代の次男太田幹二〔もとじ〕氏で、長男の六代太田清藏氏は、美術館の理事長として経営にかかわっている。ここでも毎月1回展示替えをしていて、それは膨大なコレクションをできるだけ見てもらおうということもあるが、何より作品が紙なので、長期間晒し放しにはできないということがある。中には30年前と比べて少し褪色したのでは、という来館者もいるそうだ。

 展示室の中央にはちょっとした待合のようなお休み処が造られていて、そこで絵の余韻を楽しむことができる。館内は2階と1階と地下があり、特別展のときにはその地下展示室も使う。それとは別に、地下の一角にミュージアムショップがあると見えたのは「かまわぬ」という妙な名の手拭い専門店だった。江戸時代からの意匠を中心に染められた各種手拭いが、浮世絵の流れにうまく繋がっている。見ていてどれも楽しく、つい2、3本買ってしまった。

  (写真:川上尚見)

【太田記念美術館】
〈住〉 東京都渋谷区神宮前1-10-10 〈電〉03(3403)0880
http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

東邦生命相互保険会社の元社長であった五代太田清藏氏の没後、遺族が1万2000点にも及ぶ膨大なコレクションを公開するべく1980年に開館した浮世絵専門の美術館。氏は生前、自身のコレクションを人に見せることはほとんどなかったが、後々は一般に公開し、情操教育の発展に寄与することを強く願っていたという。所蔵される作品群は、浮世絵の初期から末期にいたるまでの代表作品を網羅するとともに、色味がよく保存状態の優れていることが知られている。

〈開〉 10時30分~17時30分(入館は17時まで)
  *今後の停電等の状況に応じて、開館時間等が変更になる場合があります
〈休〉 月曜(祝日の場合は翌日)、展示替え期間、年末年始
〈料〉 一般 〔特別展〕1,000円/〔平常展〕700円
  *平成23年度の特別展は6・7・10・11月、平常展はそれ以外の月に開催

◆ 「ひととき」2011年6月号より

 

 

 

 

 
「WEDGE Infinity」のメルマガを受け取る(=isMedia会員登録)
週に一度、「最新記事」や「編集部のおすすめ記事」等、旬な情報をお届けいたします。

 


新着記事

»もっと見る