2024年11月13日(水)

八月の風物詩

2011年8月5日

 「明日の六道(ろくどう)さんは早(はよ)う行かんと、あかんぇ」

 子どもの頃、祖母は自分の代わりにお精霊(しょらい)さんを迎えに行く母と私にこう言った。

 8月13日から始まる京都のお盆では、その前の7日から10日までの4日間に「お精霊さん」と呼ぶご先祖(亡き人)の精霊(御魂・みたま)を迎えるため、「六道さん」の名で親しまれている六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ) に参詣する「六道まいり」の風習がある。

 「六道」とは、仏教の教義でいう地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つの世界、つまり六種の冥界のことで、人は因果応報の道理により、死後はこの六道を輪廻転生(流転)するという。

 平安時代、六道珍皇寺の建つ辺りは墓所のある鳥辺山(とりべやま・東山阿弥陀ヶ峰)の麓になり、「六道の辻」と呼ばれた平安京の東の葬送の地で、冥界への入口とされる場所なのである。

 「六道まいり」の参詣順序としては、境内参道の花屋で高野槇(こうやまき)を買い、本堂で水塔婆(みずとうば)に戒名を書いてもらい、精霊を迎えるための「迎え鐘」を撞(つ)く。この鐘の響きは10万億土の冥土まで届くといい、お精霊さんはこの音色で、この世に呼び寄せられるのだ。

期間中、境内にはご先祖様を迎える鐘の音と線香の香がたえない (写真:中田 昭)

 六道さんの初日早朝から、競うように迎え鐘を撞きに行くのは、京都では祖霊供養を重んじ、一刻も早い祖霊の里帰りを願ってのこと。

 迎え鐘の後、お線香の煙で水塔婆を清め、多くの石地蔵が並ぶ「賽(さい)の河原」にて高野槇の葉で水塔婆に水むけをする。これは濁世(じょくせ)での穢れを清めるとともに、浄水にて喉の渇きをまず癒してもらう意味も持つ。こうして水塔婆の奉納が済めば、鐘の音に呼ばれたお精霊さんは槇の葉に乗り、懐かしい家へ迎え人とともにご帰還されるという。

 六道珍皇寺は平安前期の創建と伝えられ、古くは愛宕寺(おたぎでら)とも呼ばれ、現在は臨済宗建仁寺派のお寺である。けれど、この「六道まいり」は仏教宗派を超え、家庭に深く根ざした年中行事といえ、例年大勢の人で賑わう。

 ご住職の坂井田興道(さかいだこうどう)さんがお話しくださった。

 「京都の人が、お精霊さんと親しげに呼び、先祖を敬い、大切にする土地柄は、死後の世界を異空間とせず、日常的なレベルの距離に位置づけ、身近に感じているからです。幽玄の世界で自ずと手を合わす自分を発見に、是非一度おまいりを」と。

 六道珍皇寺では、この折、特別拝観以外には公開されない薬師堂の本尊薬師如来像(重文)をはじめ、閻魔大王像や小野篁(おののたかむら)像も間近に拝むことができる。小野篁は平安前期の官僚で、同寺の境内に今も残る古井戸を使い、夜は閻魔庁の冥官として務めていた伝説がある。

 今年のお盆は、悠久の都で亡き人を偲び、迎え鐘をついて、お迎えなされてはいかがですか。

【六道まいり】
六道珍皇寺 ☎075(561)4129/8月7日~10日、6時~22時
西福寺 ☎075(551)0675/8月7日~10日、9時~21時
千本釈迦堂 大報恩寺 ☎075(461)5973/8月8日~12日、7時~20時 ほか

 

◆ 「ひととき」2011年8月号より

 

 

 

    

 
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