2024年4月15日(月)

“熱視線”ラグビーW杯2019の楽しみ方

2018年11月16日

歴史的大敗からの復活

村上:あのオールブラックス戦で目覚めた日本は2003年にジャパンラグビートップリーグという社会人の全国リーグをスタートさせて本格的な強化が始まりました。

 2007年にジョン・カーワン(以下、JK)というオールブラックスのレジェンドが日本代表のヘッドコーチに就任し、ようやく世界のスタンダードに近づいていくのですが、その後、日本代表のヘッドコーチに就任したエディー・ジョーンズ(以下、エディーさん)によって1995年以来の大きな穴が埋められていきます。

 JKは選手としては英雄ですが、エディーさんは母国オーストラリア代表監督として2003年ワールドカップで準優勝、2007年ワールドカップではテクニカルアドバイザーとして南アフリカを世界一に導いた実績を持っています。本当にワールドカップで勝つために何をするべきなのかを知っている人でした。

 しかもエディーさんはサントリーで指揮をとっていたから日本のラグビーをよく知っているんです。

 そこで、「日本人が世界に勝つためのラグビーとは?」を追求し、南アフリカに勝つためのラグビーを反復して、反復して、2015年のワールドカップの前には日本代表を160日間も拘束して実を結んだ勝利だったのです。

 日本は物凄い時間を掛けて、ようやく世界と同じ土俵に立てるようになりました。

 1995年のショックから、日本のラグビーを変えていかなければいけないという思いや取り組みの蓄積が結果に結びついたということです。

――1995年のワールドカップの大敗が、日本ラグビーにとっての「あの負けがあってこそ」ということですね。

村上:まさにそれです。あのとき中途半端によい試合をしていたら、いまだに変わっていなかったかもしれませんし、もっと遅れていたかもしれません。

田村:ショックによって目が醒めた。嬉しくないけど一番大きなターニングポイントでしょうね。

 先ほど村上さんが仰った2013年のウェールズ戦の勝利で沸いた日本代表ですが、その後、ワールドカップまであまり良かったとは言えません。特に直前の試合はひどかったですね。

村上:イタリアには勝って、その後、トンガやアメリカ、フィジーに負けているんです。ワールドカップ直前にジョージアに勝つのですが、その日本がまさか優勝候補の南アフリカに勝つなんて誰も想像できませんよ。僕もびっくり、まさに大金星でした。

田村:おかげでラグビーマガジンもバーンと販売部数が伸びました。

村上:部数が伸びたのはもしかして、あのときだけ?

 あれ以降、ファンになったという声をたくさん聞くんだけど。

田村:はい、そこだけです。でも戻り方がゆっくりで途中で止まってくれている状態です。あっははは。

 ラグビースクールに通う子たちが増えましたね。特に小さい子たちです。

村上:あれは試合後の選手たちがさわやかな言動をしていたので、いいイメージが広がったと思います。親御さんたちにしてみれば、このスポーツをやらせればしっかりした人になるだろうとか、大丈夫だというイメージが大切なのです。

 ラグビーをやって大学に進学して、社会人になって、という文化を残してほしいと思っています。


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