2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年12月12日

 欧州では以前から欧州の防衛を強化しようとの動きが見られる。EU内では度々欧州軍(EU常備軍)の構想が議論されてきた。最近では昨年夏「欧州防衛基金」が創設された。本年3月にはEU理事会で、有志の加盟国が防衛協力を進める「常設軍事協力枠組み」の行程表が採択された。またユンケル欧州委員長は3月8日EU常備軍の創設を提唱した。

(Nerthuz/iridi/BilevichOlga/iStock)

 このような流れの中で、最近になってマクロンは欧州軍の創設の必要性を強調している。11月5日には、地元の民放ラジオ局Europe 1とのインタビューで、「中国とロシアからだけでなく米国からも自衛しなければならない」、「米国のINF全廃条約離脱の主たる犠牲者は欧州」などと述べ、欧州軍創設を主張した。11月18日にベルリンでメルケルと会談した際にも、欧州に共通の防衛体制と安全保障が必要であると述べた。メルケルは、同日マクロンとの会談に先立つ記者会見で、欧州軍の創設に向けた協力体制を取ることでマクロンと一致したとの考えを示した。

 問題は、このような欧州軍とNATOとの関係である。ユンケルはEU常備軍の創設を提案した際、EU常備軍はNATOと競合するものではなく、EUを強化するものである、と言っている。メルケルも欧州軍はNATOを補完するものであると述べている。これに対し、マクロンは、欧州は自身の手で守らなければならないと言っている。

 このような動きの背景にトランプのNATO批判があることは間違いないであろう。トランプは、欧州諸国のNATOへの防衛支出が十分でないと批判している。事実、米国はNATOの防衛支出の7割を負担している。NATOは加盟国の防衛費を2024年までにGDP比2%以上とする目標を掲げているが、ドイツやスペインなど、いくつかの国は目標の達成が難しい状況にある。NATO自体の他に、貿易、気候変動、イラン、ロシアなどの問題をめぐってトランプ政権と欧州との意見の隔たりが目立ち、欧州諸国にトランプ政権への不信感が高まっている事情もある。そのため米国への依存度を低めようとの動きが見られるのは確かである。

 しかし、欧州独自の軍を創設しようとのマクロンの提唱は、額面通りとれば非現実的である。欧州を自分の手で守るということは、現在米国がNATOで果たしている役割を肩代わりすることを意味する。そのためには防衛費の飛躍的な増加が必要で、欧州各国が許容するとは考えられない。戦略的には、英仏の核が米国の核の傘に代われるとは考えられず、また欧州軍だけで今日のロシアに対抗できるとも思えない。欧州の防衛でトランプ政権を頼りにできるかとの疑問が強く、NATOをめぐる米欧の同盟関係がきしんでいることは確かであり、特に、マクロンのトランプ不信は根強いものがあるが、米国に頼らない欧州軍の設立は現実的でない。英国防衛・安全保障研究所のエリザベス・ブローは、11月18日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙掲載の論説‘A ‘True European Army’? Dream On’において、「マクロンが提唱している欧州統合軍は白昼夢である」と言っている。その通りであろう。


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