オトナの教養 週末の一冊

2019年2月15日

»著者プロフィール
著者
閉じる

本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

――もちろん、刑務所内でも依存症のプログラムは行われているわけですよね。

松本:ええ、医療機関と同じグループ療法が行われています。ただ、「絶対に薬物を使えない環境」では、覚せい剤の欲求も忘れます。ですから、「もう自分は絶対に使わないはずだ」と油断してしまい、いくら治療プログラムに参加しても、全く身が入りません。それに、プログラムのなかでいくら自由に発言できると言われても、どうしても刑務官の目が気になります。あまりにも忌憚のないことをいえば、仮釈放がもらえなくなってしまうかもしれないのです。そのような環境下では意味のあるプログラムはできません。

 依存症の特徴は、すぐに「喉もとをすぎて」忘れてしまうことです。たとえば、もうお酒をやめたと言っている人が3日後にはもう飲んでいるのはよくあることです。嫌な記憶というのはすぐに飛んでしまう。刑務所内で、覚せい剤を使用できない環境にいれば、もう大丈夫だと本人も家族も思います。でも、出所するとすぐにまたスイッチが入ってしまう。そう考えると、刑務所に収監することのメリットはなんだろうかと思いますね。

 アメリカにはドラッグコート(薬物裁判所)という司法制度があり、刑務所に収監するかわりに、自宅で仕事をしながら週3日以上治療プログラムに参加することが求められます。こうした制度のほうが再犯率は低く、社会経済的なコストが小さいことが明らかになっています。他の先進国でも、刑務所よりも地域で治療プログラムを実施することがもはや常識になりつつあります。

――刑務所に閉じ込めることのメリットがないと。それは政策的な問題でもありますね。

松本:なぜ危険ドラッグが少し前に流行ったのか。海外では危険ドラッグは子どもが使うもので、大人は覚せい剤やコカインを使います。日本で大人が危険ドラッグを使うのは、日本人の遵法精神が高いからなんです。そして、危険ドラッグに対する規制を強化すればするほど、その健康被害は深刻化し、危険ドラッグ服用下の自動車運転事故も増えました。こうした反作用は公衆衛生学的には常識なのですが、日本の政策立案者はそうした側面を意識せず、国民の一般的な薬物に対する意識や処罰感情を反映した政策を立案している。

単に犯罪者として排除の対象とするのではなく

――薬物依存者に対し、社会ができることはありますか?

松本:薬物依存症からの回復を願う人たちのなかには、ダルクなどの施設に通っている人もいます。しかし、現在各地でダルクが運営するリハビリ施設の設立に対し、住民による反対運動が起きています。薬物依存症は精神保健福祉法という法律にも明記された、れっきとした心の病気であり、障害なのです。そして、障害者差別解消法は、障害者のリハビリ施設に関し、住民の許可や説明会をしなくても良いことを保障しているはずですが、薬物依存症は障害と見なされず、支援の対象ではなく、単に犯罪者として排除の対象となっている現実があります。実際に、そうした反対運動が起こっている地域に行ってみると、それこそ街中の家々に「ダルク反対」の張り紙が貼られていて、異様な雰囲気となっています。そんななかを、薬物依存症からの回復を願ってリハビリ施設に通う患者さんの姿を考えると、本当にそれだけでいたたまれない気持ちになります。この国は一体どうしてこうなってしまったんだろうって思いますね。

 もしこの記事や本書を読んで薬物依存症に興味を持っていただけたなら、近所のダルクに見学へ行ったり、フォーラムなどに参加し、リアルな薬物依存症の人たちの姿を見てください。

 またダルクなどで現在問題となっているのは、回復はしたけれど、仕事のリハビリ先が見つからないことです。かれらは薬さえとまっていれば、意外にも根が真面目な人たちが多いので、一生懸命仕事をするでしょう。ですから、自営業者の方にお願いがあります。すでにダルクで十分にプログラムを受けてきた人ならば、雇って失望させることはないでしょう。ぜひ社会復帰のための最初の一歩を手伝ってくださるよう、ぜひともお願いしたいと思います。


  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

関連記事

新着記事

»もっと見る