2024年4月19日(金)

WEDGE REPORT

2019年2月16日

 総選挙を繰り返してもタクシン支持政党は切り崩せないことから、民主党を先頭とする反タクシン派は国王支持を著す黄色のシャツを纏ってバンコクの街頭に繰り出す。一方のタクシン支持派は赤シャツを身に着け反対行動を展開した。「国王を元首とする民主主義」を掲げ総選挙に拠らずにインラック政権(タクシン系政権)打倒を訴えた。この行動が結果として2014年のインラック政権打倒のクーデターを招くことになる。

 黄シャツ派対赤シャツ派の抗争が激しく展開されていた当時、黄シャツ派を構成するのは王制支持を強くイメージさせる都市の民主党支持層が中心であり、赤シャツ派は経済発展の恩恵に与ることが少ない東北タイの農民層が中心であり、王制に反対するばかりか、一部には共和制を志向する勢力まで含んでいると批判的に報じられることもあった。また民主派対金権派、都市対農村、インテリ層対農民層の対立などと画一的・短絡的に報じられがちでもあったが、変化するタイ社会の実態からして黄対赤という色分けで説明できるほど単純なものではない。

 やはり1980年代末からのタイ社会の変質を前提に置かない限り、黄対赤の対立の本質は理解できないだろう。経済成長による社会構造の変化が有権者の政治意識の変化を醸成し、旧来からのタイ社会を支えてきたABCM複合体の社会的基盤が動揺しはじめたことを想定しないわけにはいかない。対立の本質は国民が今後の国の行く末をABCM複合体に任せたままでいいのか――この一点に収斂するように思える。敢えて図式化するなら、黄シャツ派は今後ともABCM複合体を信任し、赤シャツ派は否定的ということになろうか。ここで注視しておくべきは、タクシン元首相という存在である。いまやタクシンは「反ABCM複合体」という記号と化したと捉えるべきではないか。

曲がり角に差し掛かった「国王を元首とする民主主義」

 クーデターが何回か繰り返される毎に新たに憲法が制定され、総選挙が実施されてきた。これが2006年以来のタイの政治ではあるが、総選挙に示された民意を素直に判断するなら、反タクシン勢力の劣勢は否めない。新憲法制定や関連法規の改正などを重ねることで法的に赤シャツ派の伸張を抑えようとしてきたが、やはり有権者の投票行動から赤シャツ派が一定の影響力を保持している点は認めざるをえないだろう。

 ここで2005年春以来の国政を図式化すると、《総選挙 ⇒ 赤シャツ派の勝利と政権掌握 ⇒ 黄シャツ派の反対運動 ⇒ 国内混乱 ⇒ クーデター ⇒ 軍政 ⇒ 新憲法制定 ⇒ 総選挙 ⇒ 赤シャツ派の勝利と政権掌握》という政治過程となる。やはりタイは“不毛のサイクル”を繰り返してきたようにも思える。ここから、ABCM複合体を頂点とする従来型の社会構造が崩れつつあることが読み取れはしないだろうか。

 振り返れば1973年の「学生革命」で危機に陥ったタイを混乱から救ったのは、プミポン国王(当時)の判断であった。以来、前国王は逝去される2017年秋まで、度重なる政治的危機を乗り越え、歴代憲法が掲げる「国王を元首とする民主主義」を護持し国民の一体化を実現させてきた。

 5月初めと定められた戴冠式を経て王国としてのタイの新しい御代が本格的に幕を開ける。ワチラロンコン現国王は前国王が体現した「国王を元首とする民主主義」を踏襲するのか。はたまた新しい形の「国王を元首とする民主主義」に向かって進むのか。3月24日の総選挙と、それに続く新政権成立までの動きが新国王の下での新しい王国の形を方向づけることになるように思える。

 であればこそ今回の新国王の下での最初の総選挙は、これまでの黄対赤の対立抗争の混乱の渦中で繰り返された総選挙とは異なる視点で捉えるべきだろう。

  
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