トランプを読み解く

2019年3月11日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

阿呆の作法踏み外しと筋悪な異端児

 トランプ氏の大統領当選はその当時、世界を驚かせた。いちばん驚いたのは学者や評論家、世のエリートたちだったのではないか。

 米大統領選に先立って、東洋学園大学教授・櫻田淳氏は2016年3月22日付産経新聞「正論」で、「踊る阿呆」と「見る阿呆」という喩えを使って、「耐え難いトランプの無知と錯誤」「トランプ候補の言動は、『踊る阿呆』としての作法を全く踏まえていない」と酷評した。

 まさに「正論」である。トランプ氏は作法を踏み外している。だが、作法踏み外しこそがトランプ氏の取り柄であり、差別化されたマーケティング手法でもあった。作法を踏まえてエリート政治家たちと同じ土俵で議論するなら、彼は大統領選で戦えない。選挙に勝たなければ、国家統治の資格すら得られない。まず、何が何でも選挙に勝つこと、大統領になることが最優先だった(参照:ずけずけ言う男、トランプ流の選挙マーケティング)。

 さらに、櫻田氏が2016年4月5日付の同じ産経の「正論」で、「トランプ氏の登場に期待し、便乗して何かをしようという発想それ自体が、極めて筋悪なものである」と批判した。これも正論だ。この世のいわゆる普遍的価値観における「正論」に立脚すれば、「筋悪」というのはトランプ氏にふさわしいキーワードである。

毒をもつ男たち、トランプとチェーザレ

「日本の作家は、どうやら悪を書くのが不得手であるようだ。それは、日本の歴史上の人物に偉大な悪人がほとんどいないことから、書くのに慣れていないのか、それとも、日本人自体が見事な悪人とは肌が合わない気質をもっているためかもしれない」

 歴史作家の塩野七生氏はこう指摘する(新潮文庫『想いの軌跡』360頁)。塩野氏自身の感覚からすれば、チェーザレ・ボルジアのような「毒をもつ男」はむしろ政治家としてより魅力的である。

 毒と悪が同一ネガティブなカテゴリーに帰属するとすれば、価値観的にいずれも日本人によって否定される対象となるだろう。トランプ氏のもつ毒がチェーザレのそれとやや異なるように見えたのは、時代や社会体制の異質性故の結果に過ぎない。チェーザレはもし、現下の民主主義時代におかれた場合、トランプ氏に酷似していたかもしれない。あるいはその反対も言えるのではないだろうか。

 故に、櫻田氏の「筋悪論」は今日の日本人の普遍的価値観や善悪観の表出として、正鵠を射た指摘であるように思える。

 直近の米中貿易戦争からも、トランプ氏の「筋悪な本質」を垣間見る場面は多々ある。中国との戦い方は、洗練された紳士ルールよりもむしろ無頼漢らしきものが目立つ。

「以其人之道,還治其人之身」(朱熹『中庸集注』第13章)。「その人のやり方をもって、その人を倒す」という意味で、俗にいえば、「毒をもって毒を制す」という策略だ。トランプ氏は中国哲学を熟知しているか、それとも、その筋に精通する人材のブレーンがいるのか、あるいは単にトランプ氏自身がもつ「天然毒」の無造作な表出なのか、知る由もない。

 トランプ氏は猛毒をもっているようだ。紳士同士の付き合いは紳士ルールでいいが、賊と付き合う際には必ず賊ルールを使うこと。見苦しいと思ったら賊にやられる。日本人は毒を持たないから、常に毒にやられるわけだ。

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