3月15日、北朝鮮の崔善姫外務次官は、首都・平壌で、「米国は、2月にハノイで開催された米朝首脳会談で、絶好の機会を逃した。」と述べた。そして、同日付の英国BBCは、「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は、アメリカとの非核化協議を中止し、核・ミサイル実験を再開するかもしれない。」と報道した。
それより前の3月9日、米ニューヨーク・タイムズ紙は、デイヴィッド・サンガ―記者らによる解説記事を掲載した。同記事は、北朝鮮が米朝首脳会談を推進する一方で、核・ミサイル関連のインフラ整備を着実に進めていたことを明らかにしている。すなわち、衛星打ち上げ基地の西海(ソヘ)の発射台の準備を継続するのみならず、5月に地下実験場の入り口を爆破させたとする豊渓里(プンゲリ)の管理室やコンピューターは操業を停止しただけで温存していたとする。また、ハノイの米朝首脳会談で、米国の対北朝鮮制裁解除に応じて破壊すると提案していた寧辺(ヨンビョン)についてすら、プルトニウムの生産能力を倍増させていた。また、第2回の米朝首脳会談の間にも、核弾頭6個分に相当するウランとプルトニウムを生産したという。
北朝鮮のこのような動きは、北朝鮮が非核化を真剣に考えていないことを示すものである。北朝鮮は、表面上では非核化を約束しながら、裏で核・ミサイルの能力向上を図っていたのである。元米国NSCアジア部長のヴィクター・チャ氏が言うように、北朝鮮は、昔ながらの戦術を使い続けているということなのだろう。
これまで、北朝鮮は、核・ミサイル実験を取りやめ、トランプ大統領は、「北朝鮮の核の脅威は無くなった。」と述べていた。ここにきてトランプも、さすがに金正恩の動きには「とても失望する」と言わざるを得なくなった。
ハノイの米朝首脳会談では、金正恩委員長が、寧辺の施設の破棄と引き換えに、米国に制裁の全面解除を要求した。後に、北朝鮮の李容浩外相は、要求したのは全面解除ではなかったと訂正したが、実質は全面解除に近いものだったという。3月15日、崔善姫外務次官は、首脳会談で要求したのは、「民間経済と北朝鮮国民の暮らしを妨げている5つの主要な経済制裁の解除だった」と明らかにした。もちろん、その要求をトランプ大統領が拒否したのは当然である。トランプもこの要求に直面して、「恋している」とまで言っていた金正恩に対する見方が変わったのではないかと思われる。恋愛熱も一気に冷めたのだろう。
金正恩が、常識的に考えればトランプが呑みそうもない要求を突きつけたのは、トランプが何としてでも米朝首脳会談の成果を上げたいと望んでいると見たためと思われる。金正恩のトランプの望みについての判断は正しかったのであろうが、寧辺の施設の破棄と引き換えに、米国に制裁の全面解除を要求したのは、明らかに米国の立場の読み違いであった。事前の実務レベルの協議でどこまで話を詰めたのか明らかではなく、制裁の全面解除要求が事務レベルでも検討されたのか、それとも金正恩独自の判断であったのか分からないが、いずれにせよ、北朝鮮が米国の立場を理解していなかったことは明らかである。
第2回米朝首脳会談を経て、北朝鮮に対する制裁解除に関する米国の考えは一層硬化したようである。米政府高官は、北朝鮮の核、ミサイル、生物、化学兵器のすべての脅威が除去されないかぎり、制裁は解除されないと述べたとのことである。 これは北朝鮮として呑めるものではない。他方、トランプの金正恩熱は冷えたようである。
米朝双方とも協議の継続を強調してはいるが、米朝首脳会談が再開される見通しは当分立たないだろう。
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