チベットサポーターを自認する人はともかく、ふつうの日本人は、「チベット」と聞けば、ラサのある「チベット自治区」のみをイメージしてしまいがちだ。ところが、実際のチベット――古来チベット人の居住地域であり、伝統的に「チベット」と認識されてきたエリア――とは、今日の共産党政府が定めた「自治区」を超えた、ずっと広大な地域(今日の中華人民共和国の全領土の4分の1にあたる地域)だというのが亡命チベット政府側の一貫した主張であり、これがチベット問題における最大の論点の一つである。
現在のチベット自治区、青海省の全域、四川省の西側半分、そして甘粛省の一部という、いわゆるチベット高原全域に、チベット人による「高度な自治を」と、ダライ・ラマ14世法王側は訴えてきた。もともとチベット高原全体を指していたはずの「チベット」が、時間の経過とともに、「自治区のみ」であるかのように矮小化されていった経緯は、拙著『中国はチベットからパンダを盗んだ』に詳しいが、これは中国共産党の、長く、周到な戦略に裏打ちされたことである。
このままでは、まだまだ犠牲者が増える
しかし、「四川省」や「青海省」というラベルが貼られ、漢族の流入が著しく進み、烈しい弾圧が行われることで、“消されてきた”はずの「チベット」ともいえる、東チベット地域で、今なお命がけの抗議行動が絶えない。この事実は、60年に及ぶ中国共産党の人権無視の超強圧的なチベット支配が誤りであったことを明確に指し示しているのだが、当局は一向にそれを認める気配はない。これもチベット問題の重大な論点の一つである。
北京の歴代王朝がとってきたチベットとの関係――自治をゆるし、むしろそれを、敬意をもって支援するという高等な懐柔政策の方向へ、現代の北京の主が舵を切る可能性は極めて低い。とすれば、残念なことに今後もチベットでの犠牲者は増えることとなろう。
焼身した人を「テロリスト」呼ばわりする当局
冒頭述べた46歳の元僧侶の焼身抗議の件に話を戻そう。この件について、中国政府系のメディアは、亡命政府系メディアや欧米メディアとは異なる情報を伝えた。
焼身した男性の年齢は42歳、樹木の伐採の件でトラブルを起こした彼は、精神を病んでいたがために焼身という行為に及んだ、との記事であった。どうやら中国当局は、焼身抗議するチベット人を「テロリスト」あるいは「精神病者」ということにしたいらしいが、これを容易に信じる人は世界にも、中国国内にも多くはないだろう。
実は近年、動機は異なるものの、中国国内で中国人による焼身自殺も多数起きている。たとえば、当局による強制立ち退きなどに抵抗した末に、住民が自暴自棄となり、ガソリンをかぶって焼身するなどの事件だが、当局の弁を借りるなら、こうした中国人も大半、テロリストか精神病者ということになるのであろうか。
一方、チャムドでは政府の庁舎が爆破され、現場には「チベット独立」と書かれていたとの情報が流された。これにもチベット側は疑いの目を向ける。2002年に成都で起きたとされる「爆破事件」のときと同様に、チベット人や僧侶を拘束するための「でっち上げ」だとの主張があり、一部ヨーロッパのメディアもこの声を伝えている。