4月の総選挙でネタニヤフ首相率いる右派「リクード」連合が勝利したイスラエルは、米トランプ政権の後押しを受け、「今ほど強い時はなかった」(アナリスト)と、この世の春を謳歌(おうか)しているかのように見える。しかし実際には、「中東和平」と「イランの核」という2つの問題で大きなジレンマを抱え、苦悩しているのが現実だ。
トランプ政権誕生後のイスラエルをめぐる安全保障環境は中東で最強の軍事力を持つ同国に好ましい流れで推移してきた。その底流には、基本的に三つの要因がある。
第一に、かつての「アラブ対イスラエル」という構図がアラブ世界の分裂で完全に崩壊し、中東で孤立する存在ではないという点だ。アラブの大国エジプトが40年前、イスラエルと単独和平を結んだ時、4度も繰り返されてきた中東戦争の可能性は事実上消えた。
その後も敵性国に囲まれる状況は続いたが、イスラエルは隣国ヨルダンと国交を樹立し、水面下でアラブ諸国との関係改善を図った。ネタニヤフ首相は昨年10月、国交のないオマーンを電撃訪問し、新しい時代の到来を示した。
第二に、イランの影響力拡大に対するアラブ諸国の懸念が高まり、その脅威をイスラエルと共有することになったという背景がある。イランはイスラエルの生存権を認めていないことから、両国は〝不倶戴天(ふぐたいてん)の敵〟同士だが、イスラム教スンニ派が主流のペルシャ湾岸諸国もイランへの敵意をたぎらせている。対岸のイランからシーア派革命が輸出され、自らの体制が揺らぐことを恐れているためだ。
特筆すべきは石油大国で、湾岸諸国を主導するサウジアラビアの実権を対イラン強硬派のムハンマド皇太子が握ったことだ。両国は2016年、サウジのシーア派指導者の処刑をめぐって断交、関係悪化の一途をたどっている。
第三に、ネタニヤフ首相がトランプ米大統領の強力な支持を獲得したことだ。入植地政策などに批判的だった前任のオバマ大統領とは犬猿の仲だったことを考えると隔世の感がある。
トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都として認め、米大使館をテルアビブからエルサレムに移転。シリア領ゴラン高原のイスラエルの主権も承認、首相のヨルダン川西岸の入植地併合方針さえ黙認した。歴代の米政権では最もイスラエル寄りの政権と言っていいだろう。
ただし、イスラエルには安全保障上の懸念もある。その脅威は①イラン、②パレスチナ自治区ガザを拠点とするイスラム原理主義組織ハマス、③レバノンのイラン支援のシーア派武装組織ヒズボラ、からもたらされるものだ。
イスラエルが喫緊の課題として、最も恐れているのは隣国シリアにイランの橋頭堡(きょうとうほ)が築かれることだろう。このためイスラエルは常時、シリア領内の動きを監視、イランからヒズボラに武器が渡らないよう、シリアにある革命防衛隊の基地などを攻撃してきた。
これまでイスラエルの国外からの切迫した脅威はレバノンを実効支配しているヒズボラからのものだったが、シリア内戦でアサド政権を支援してきたイランがシリア国内に革命防衛隊やヒズボラの軍事拠点を築けば、北方のレバノン国境と北東のシリア国境の二正面からの攻撃に対処しなければならなくなってしまう。だからこそ、ネタニヤフ首相はそのリスクヘッジとして、イランと近いロシアのプーチン大統領との関係を重視、何度も会談を重ねているわけだ。