同じメディアに生きる人間としても、さすがに頭の中が「?」でいっぱいになった。一部メディアが1日付でボクシングのWBA・IBF世界バンタム級王者・井上尚弥の快進撃を皮肉る記事を掲載。「井上尚弥『強すぎて試合が面白くない』『キャラ立ちしてない』意外な弱点」と題して「ボクシングライター」と名乗る人物が日本の誇る王者を誹謗中傷まがいに、これでもかとばかりディスった。
同記事の中で前出の人物が「強すぎて試合がすぐに終わってしまい面白くない。王者になっても弱い相手ばかり選んで防衛を重ねる輩がいますが、ボクシングを知らない人には尚弥もそう見てしまう」と論評。さらに「話がつまらない」とコメントにまで難クセをつけ、挙句の果てには地の文で「名前も地味」と断じていた。
この記事は逆の意味で大きな波紋を呼び起こしている。ボクシングファンも含めたネットユーザー、そして当の本人からも猛烈な反発を食らったのだ。井上本人が同日付のツイッターで、この記事をシェアしながら「失礼な記事だな。。親が付けた名前に地味だなんて記事にする必要はありますか?」と怒りを投げかけていたが、ごもっともである。同記事の結びで「輪をかけて地味」とぶった斬られたWBC世界バンタム級暫定王者で実弟の井上拓真も「失礼極まりない」と兄に同調し、明らかにブチ切れモードだった。
筆者を含めボクシングの取材をしているメディア関係者の間でも井上の快進撃は大きな興味の的であり、重要なキラーコンテンツだ。だからこそ、ここに至るまでパーフェクトの強さを見せ続けている〝モンスター〟の戦いぶりと振る舞いにイチャモンをつけるような話など聞いたこともない。
「ボクシングを知らない人に試合時間が短すぎて試合が面白くないと思われては困る」といった余りにも曲がりすぎた見方をする声など論外である。無論、この記事に関しては多くのボクシング関係者も「井上はあれだけの功績を残して頑張っているのに余りにも酷い。何とかならないか」とおかんむりだった。
井上はワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級トーナメントに参戦中。WBA、WBC、IBF、WBOの4団体がひしめき合うボクシング界において誰が階級最強なのかを決めるトーナメント戦で、ついに決勝へと駒を進めた。先日、英国グラスゴーのSSEハイドロで行われた準決勝ではIBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を259秒KOで下し、2冠王者に輝いたばかりだ。
準決勝の相手だった〝カリブの至宝〟ロドリゲスはここまで19戦全勝(12KO)。戦前は難敵として「長期戦」も予想されていたが、それを覆しての2R圧勝劇には誰もが酔いしれたであろう。そして、この一戦では短い時間の中でも非常にスリリングな攻防が見られた。1Rからいきなり多彩なコンビネーションで仕掛けてきた相手に対し、やや押し込まれながら井上が受けに回るレアな場面もあった。
それでも2Rでは開始と同時に立て直し、あっと言う間に修正。本物同士のハイレベルなチャンピオンシップを制した井上は、これ以上ない強烈なインパクトを与えて勝ち名乗りを上げた。バンタム級への転向後はすべて2R以内でケリをつけ、戦績も18戦全勝(16KO)とし〝モンスター〟の異名を世界中に轟かせている。
それでいて井上のことを「王者になっても弱い相手ばかり選んで防衛を重ねる輩」と見る「ボクシングを知らない人」って…。一体、どのような人たちのことなのだろうか。前出の「ボクシングライター」に、ぜひとも聞いてみたい。
ちなみに、このWBSSバンタム級トーナメント準決勝を中継したフジテレビ系列の「ボクシング井上尚弥WBSS準決勝グラスゴー衝撃KOなるか!?」は先月19日の午後9時から録画放映され、平均視聴率は10・3%(以下ビデオリサーチ社調べ、関東地区)だった。フジテレビの同時間帯は前4週の平均視聴率が5・5%で、実に4・8%も跳ね上がったことになる。関西地区の放映では13・5%をマークしており、同地区の前4週平均が5・1%だったことから8・4%ものジャンプアップだ。
しかもロンドンの会場で試合開始のゴングから井上が決着をつけたのは日本時間で同日の午前5時20分。結果が判明してから16時間近く経っているにもかかわらず、オンタイムでなくでも視聴者が非常に高い関心を寄せていたことを証明した格好だ。早朝から試合をライブ中継したWOWOW、そしてフジテレビの関係者たちが「日本が誇るボクシング界のスーパースター・井上選手は実に素晴らしい戦いをしてくれました」などと興奮気味に語っていた賞賛の言葉を筆者も実際に複数回耳にしている。