2024年4月19日(金)

コカイン世界最大生産地コロンビアの現場から

2019年6月18日

再び閉ざされる未来、青年のその後

 マウロが実家に戻り1年後に再び彼を訪ねると実家のコーヒー畑を手伝っていた。そこで私は嬉しい知らせを聞く。ある農業学校の奨学生に彼が合格したのだ。そこでは最新の農畜産技術が学べるという。学校のパンフレットを開き誇らしげにマウロが説明してくれた。遠方のため寮生活を送るが、学費、生活費は全額支給される。新しい生活への期待が彼を明るくしていた。

 翌年、マウロは学校での経験をかわれコーヒー生産者組合から生産者の調査・指導を委託されていた。山に点在する家々を買ったばかりのバイクで訪ね歩く。私が「ついていっていい?」と聞くと、「もちろんだよ!」と嬉しそうにバイクの後ろに乗せてくれた。自分の勇姿を見せたかったのだろう。仕事のことを聞くと、誇らしげにいつまでも話をやめなかった。

 「この仕事を続けて稼いだお金で60頭の牛を買い、学校で学んだ飼育方法を試したい」

 夢を語る彼の姿は自信に満ちていた。

 だが、その夢も閉ざされようとしていた。2018年1月にコロンビアで彼を訪ねると、やっと得た仕事が期間を延長されずに終了したという。次の仕事はその土地にはもうなかった。「またコカを摘むしかない」。ようやく差しかけた光を見失いかけていた。

 「日本で仕事を探したい」という彼のメールが届いたのは、2018年2月に私が帰国して間もなくだった。日本語ができない外国人が仕事を得るのは容易ではなく、昨今の外国人労働者が置かれている不安定な状況から、私は「日本語を勉強するのがまず大切だし、仕事を得るには複雑な手続きが必要だ」と、消極的な返事を彼に送った。それに対しマウロは「900万ペソ(約30万円)あれば日本にいけるだろ?」と、以前、彼に聞かれて私が答えたおおよその渡航費をあげた。そして「なんでもしてお金を作る」と言った。

 彼とのやり取りは今も続く。故郷を離れて出稼ぎにでているようだ。どんな仕事をしているかは聞いていない。あれから1年がたつ。「日本に行く」という話題は出ていない。

コロンビアから日本へ

 日本で売られる輸入カーネーションの7割以上をコロンビア産が占める。自販機でも気付かずにコロンビア産コーヒーを買っていることがある。「コロンビア」という遠い国で生まれたものが、意外なほど自然に日本人の日常に入り込んでいる。

 日本での1グラムあたりの末端価格が2万円以上とされるコカインは、その高額さから「セレブのドラッグ」と呼ばれているという。一方で、山岳部のわずかな土地を切り開きコカ栽培をする零細農家のひと月分の収入は、コロンビアの最低賃金と同程度の3万円前後。末端の生産者が必死に働きようやく手にすることができるのが、1グラムのコカインをわずかに上回る金額なのだ。

 日本の薬物問題はコロンビアと直接関係はない。これからコカインを吸う人が、目前の白い粉に生産地を思うことはないだろう。コロンビアを知らない人がコーヒーやカーネーションを見てコロンビアを思うことなどないように。だが、両者は生産者と消費者という密接な関係で繋がっている。

 テレビやインターネットでは、次々と話題にあがる薬物使用のニュースが日々消費されていく。だが、そんなこととは関係なく、コロンビアのある地域では今日も、明日の糧を得るためにコカの葉を摘む人々が汗を流している。 

  
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