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2019年12月17日

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砂原庸介 (すなはら・ようすけ)

神戸大学大学院法学研究科教授

1978年大阪府生まれ。2001年東京大学教養学部卒、06年同大学大学院総合文化研究科博士後期課程単位取得退学。09年博士(学術)。大阪市立大学大学院法学研究科准教授、大阪大学大学院法学研究科准教授、神戸大学大学院法学研究科准教授を経て、ブリティッシュコロンビア大学アジア研究所客員准教授(16年8月~18年8月)。現在、神戸大学大学院法学研究科教授。著書に『大阪─大都市は国家を超えるか』(中公新書)、『地方政府の民主主義─財政資源の制約と地方政府の政策選択』(有斐閣)、『新築がお好きですか? 日本における住宅と政治』(ミネルヴァ書房)など。

 「新築信仰」という言葉がある通り、日本の不動産市場では流通する8割以上が新築である。これは日本人の「好み」というだけではなく、ライフステージの変化に対応した物件供給ができていない賃貸市場や、依然として広がる新築向けの宅地造成、住宅ローン減税などの新築優遇税制、その一方で中古住宅市場の不透明さなどが影響している。これらは法的な枠組みにとどまらず、住宅取引の慣行、供給のあり方など、規範・慣習によって形成された広い意味での「制度」に起因している問題である。

 住宅の需給を考えるとき無視できないのは「取引費用」だ。「取引費用」とは、経済的な取引が行われるための情報収集や、取引の履行、権利の保護などにかかる費用のことである。例えば、住宅購入の際に物件が不具合を抱えていないか調べるには費用がかかる。住宅を売ったり貸したりするときにも、買い手が約束した金額を払わなくなるリスクも費用になる。なぜ日本人が「賃貸ではなく持ち家」、さらには「中古ではなく新築」という選択をするようになったのかを分析する。

いまは高齢者が多い団地にもかつては子どもたちが多くいた。写真は昭和30年の東京都新宿区の戸山アパート(KYODO NEWS)

ファミリー世帯が
賃貸から持ち家に移る理由

 まず着目するのは、貸し手の「取引費用」である。遡(さかのぼ)れば戦前の地代家賃統制令をきっかけとする借家人への強い保護が現在も続いているため、家賃を滞納されても、貸し手がすぐに退去させることが難しい。特に間取りの大きな物件で好ましくない借り手を抱えてしまうことは、貸し手にとって大きなリスクになる。必要に迫られれば借り手を退去させて、自分の資産を利用する自由が制限されることを考慮すると、貸し手は住宅の質を上げようとはせず、規模が小さい物件を供給することを選びがちだ。結果として、ファミリータイプなど一定以上の広さで質の高い住宅は、賃貸住宅として供給されにくくなった。

 都心においては、家族向け賃貸住宅が少なく、家賃も高い。割高でも借りてくれる人がいることは、貸し手が住宅の質を上げようとしない原因にもなる。結婚や出産を機に広めの住宅に住もうとすると質の割に高い家賃を払い続けて賃貸に住むか、資産価値を考えて持ち家を所有するかという選択を迫られる。賃貸のほうが割高である傾向がある中で、持ち家で安く家族向けに質の高い住宅を手に入れることができれば、後者を選ぶのは自然だろう。

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