内部告発者は、わが国にとって恥辱
まず、大統領の長男ドナルド・ジュニア氏は、問題の通信社が実名報道した直後の去る11月6日、自分のツイートで「CIA担当官」の名前を明かした上で、「当人は民主党支持者、アンチ・トランプであり、悪意に満ちた暴露」などとこきおろした。
これを受け大統領は、告発者の行為を重ねて非難すると同時に、同月8日には、ホワイトハウスで記者団を前に、「例の内部告発者 whistle blower はわが国にとって恥辱であり、それゆえに正体は明らかにされるべきだ」と訴えた。その後もツイートでたびたび「マスコミは名前を出すべきだ」と呼びかけ続けている。
しかし、大統領にとって憎しみの塊のような存在であるこの告発者については詳しい情報をとっくに入手ずみにもかかわらず、実名だけは自ら進んで明らかにしようとしない。その一方で、マスコミ側には告発者について一部始終暴き立てるよう要求、バー司法長官、ポンペオ国務長官ら各閣僚、ホワイトハウス高官たちも同様の対応だ。
これは一体なぜなのか―。疑問を解くカギは、アメリカ社会における独特の「内部告発制度whistle blowing system」の位置付けにある。
この制度は二つの連邦法によって支えられている。
すなわち1989年に成立した「内部告発者保護法Whistle Blower Protection Act 」と、さらに1998年に追加成立した「情報機関内部告発者保護法Intelligence Community Whistleblower Protection Act」の2本であり、前者は連邦政府一般職員、後者はCIAなど各情報機関の職員が内部告発する際に、身元や立場を保護するとともに、その行為ゆえに脅迫、減俸、解雇処分されるなどの報復を防止することを明記したものだ。
まず、最初の「内部告発者保護法」だが、連邦政府勤務者が①法律、規則、規制違反行為②ずさんなマネジメント③公費の無駄遣い④権限濫用➄公衆衛生、公共安全上の実質的危険―に関する情報を通報することを奨励するとともに、独立した捜査・検察機関である「特別顧問事務所Office of Special Counsel」にまずその内容を伝え、同事務所が信頼度が高いと判断した場合、告発者の名前を伏せたまま職場の責任者を対象に実情調査に乗り出 すことになる。その際、雇用者側が情報の出所をなんらかの手段で把握し、報復行為に出た場合、処罰対象とされる。
一方、「情報機関内部告発者保護法」の場合は、通常の告発とは異なり「緊急注意喚起urgent concern」に重きが置かれている点が特徴だ。すなわち①行政機関、各情報機関における法律、行政命令違反および濫用②予算執行および情報活動展開面の重大事項に関する虚偽の議会報告および報告拒否③「緊急注意喚起」に相当する内容についての告発者に対する報復または報復の脅し―を対象としており、これらのいずれかに相当する場合は、告発者はまず全情報機関ににらみを利かせる「監察統括官Inspector General」に相談し、指示を仰いだ上で、議会上下両院の情報特別委員会委員長宛てに報告することになっている。
今回のCIA告発者の場合も同法規定に沿って行われており、両委員長宛てに告発状が届けられた。
上記のように、アメリカにおいて内部告発者の立場保護が法規定により子細に明記されている背景には、公職の場ではあくまで「公益」が最重要視され、「私益」をできるだけ排除することによって国民の福利促進の要求に応えるべきだとする考えがある。その不正行為の大切な“監視役”が内部告発者というわけだ。
今回、「社会の公器」としてのマスコミの大勢が、「告発者」の実名含め詳しい個人情報を入手しながらもあえて報道を控えているのも、もし公表した場合、今後将来にわたり行政機関内部からの不正告発にブレーキがかかり、結果的にジャーナリズム本来の使命にも致命傷となるからにほかならない。
ただ、告発者に敵意を持つ一個人や民間組織が個人情報を暴露したとしても、現行法では処罰対象とはならない。一部の通信社やトランプ・ジュニア氏が名前を公表したのも、こうした事情を熟知した上での判断とみられる。