つまり、森氏が訪ロしても、ロシア側は経済問題に集中して議論しようとすることは明確だ。森氏は今年初めに、ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相とモスクワで会談しているが、その際にも、領土問題は議題には上がったものの、ロシアは経済関係の議論を進めることに執着していたようだ。
実際、ロシアメディアが報じる日ロ関係の深化の内容は、経済的なファクターである傾向が極めて強い。最近では、ベトナムの原子力発電開発での日露の協力や、「ガスプロム」と日本の「伊藤忠」が、計画されているロシア産ガスを黒海から欧州へと輸送する「サウス ・ストリーム」パイプラインでの協力を検討しているというニュースが報じられている。そして、このような形での協力の積み上げこそが、日ロ関係の深化の前提であるということをロシア側は強調しているのである。
プーチン大統領 復帰後はまず中国へ
他方、プーチン大統領は大統領就任直後の6月に訪中するという(その準備のため、ラブロフ外相も5月10日に訪中。なお、プーチンの最初の外国訪問は、5月末の旧ソ連諸国である近い外国の中でも最もロシアと距離の近いベラルーシ訪問である。また、プーチン氏が5月18日から米キャンプデービットで開催されるG8会議に異例の欠席をし、代理にメドヴェージェフ首相を送り込んだことも注目に値する)。中露と中央アジア4カ国で構成する「上海協力機構(SCO)」の首脳会議が6月6日~7日に北京で開かれるためである。
前出の3月の拙稿にも書いたように、プーチンの外交のプライオリティは、欧米との関係よりも、アジア外交にあるといえる。そのため、プーチン氏はSCOの発展にも強い意欲を持っているはずであり、他方、SCO諸国からしても、プーチン氏登場の意義は大きいことから、このタイミングでSCO首脳会談が設定されたのは自然な流れともいえる。
だが、やはり中国で開催されるということには注目をするべきだろう。概して、首脳が就任した時、最初、ないし、より早い時期の外国訪問先は、その大統領の外交方針を見るうえで大きな指針となる。すなわち、より早く訪問する国は、その大統領の外交方針におけるプライオリティが高い国であるといえる。つまり、ロシアのアジア戦略において、中国はライバルではありながらも、特に対米戦略を繰り広げるためには重要なパートナーであると考えられる。確かに、アメリカを意識するのであれば、日米同盟を保持している日本との協力はしづらいことも理解できる。
これらのことから、プーチン氏が大統領に就任しても、日本人が望む領土問題解決に甘い期待は決してできないこと、ロシア側は領土問題になるべく触れずに、経済関係を深化させていくことで日ロ関係を強化していきたいと考えていることを日本側は強く認識するべきだろう。プーチン劇場は、思いがけない展開を見せることがこれまで多々あった。日本はプーチン側の戦略にのせられることのないよう、常に冷静かつ柔軟に対ロ政策を構築していくべきだろう。特に、領土問題を解決していくためには、経済などの他の問題は切り離し、明確な交渉姿勢を日本の担当者が共有する形で、毅然とした態度を貫くことが肝要だと思われる。
*記事の一部を修正しています。 [2012/05/21 09:35]
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