中国では中小病院や診療所と呼ばれる小規模医療施設の質が悪く、国民の多くは信頼していない。国土が広大ということもあって、内陸部や農村では近くに信頼できる病院がなく、治療を受けるためにははるばる遠隔地まで旅行しなければならないというケースも多い。オンラインでの診察は、こうした国民の不安をやわらげ、不便を解消し、大病院への集中を緩和する、きわめて有効な選択肢というわけだ。
こうした背景から中国には多くのオンライン医療プラットフォームが存在する。これらでは、無料の健康相談、オンラインでの診察、病院の予約、健康情報の提供などが行われている。
それらに共通して取り入れられているのが専門医への個別の相談システムだ。システムにアクセスすると、医師の顔写真がずらりと並び、評価や金額などが一覧で表示される。掲載されている医師のほとんどが三級甲医院(甲乙丙は病院の医療水準を示す)所属の信頼できる医師だ。価格は医師ごと、あるいはチャット、電話、ビデオ通話といったツールごとにまちまちで、安ければ10元(約150円)、高ければ1000元(約1万5000円)というケースもある。病院にまで行かなくても、大病院の医師に相談し、疾患によっては診察を受けることができる。
日々の利用を促す仕組みもある。例えば平安好医生では年499元(約7500円)を支払うと、健康面でのちょっとした心配ごとをスマホから気軽に相談できる「ホームドクター」というサービスを展開している。気軽に相談できるかかりつけ医をネットに持つことができるわけだ。ユーザーが処方薬の購入を申し込むと、その場でアンケート、チャット形式の問診を行う方式をとっている。
診療行為にはオンラインだけで解決できない課題も多いが、そのための取り組みも始まっている。微医は検査機器を搭載した車両を開発し、農村でも検査をできるようにした。検査結果をオンラインで大病院と共有、診断してもらうことで、患者が遠隔地まで出向かなくても良質の診療を受けられる取り組みを行っている。
面白いのはオンラインの診察などは医師にとってもメリットがあることだ。医師は空き時間を使って回答が可能で、手軽な副業として報酬を得られる。いわば医師のギグエコノミーだ。中国では配車アプリや出前代行など、スマホで仕事がマッチングされ、空き時間を活用して自由に働けるギグエコノミーが盛んだが、医師もそうした仕組みに取り込まれている。
拙編著『中国S級B級論』(さくら舎、19年)で詳述したが、医師の質の低さや医療体制の不備など、途上国として〝B級〟の社会的課題が残されていることが、中国で〝S級〟の先進的なデジタルサービスが生まれる土壌になっていることを見逃してはならない。
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