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2020年5月20日

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布施哲 (ふせ・さとる)

テレビ朝日ワシントン支局長

1997年上智大学法学部卒業、同年テレビ朝日入社。これまで政治部記者として国内政治を取材。防衛大学校総合安全保障研究科修了(国際安全保障学修士)、安倍ジャーナリストフェロー、フルブライト奨学生としてジョージタウン大学、米CSBA(戦略・予算評価センター)での客員フェローを経て現職。関心分野は米中関係、日米同盟、安全保障問題、中国および台湾による米国におけるロビー活動など。主な学術論文や著書に『米軍と人民解放軍』(講談社現代新書)、『対中アクセス拒否戦略』(国際安全保障学会最優秀新人論文賞)、『南シナ海問題の軍事的側面と戦略的意味』(慶應大学)など。

前編では、コロナ禍に乗じて南シナ海の支配を強化する中国、なんと言われようと、なんと見られようとも構わない、どんな時でもどんな状況でもどんなやり方でも、自国の利益を確保する中国の姿勢について論じた。後半では、これに対する米国の対抗策について考える。

トランプ大統領の怒りの矛先はどこに(AP/AFLO)

米国で浮上する中国とのサプライチェーン切り離し議論

 当然、こうした世論の動きを選挙区の有権者からの陳情や対話を通じて敏感に感じ取っている連邦議員たちの間にも対中強硬路線は浸透している。

 その顕著な例が共和党の議員を中心に出ている中国とのサプライチェーン切り離しを目指す動きだ。米国がコロナ対策において大量のマスクを中国からの輸入に依存したことは記憶に新しいが、実は風邪薬や頭痛薬、解熱剤など、生活に密着した日常の医薬品でも中国に依存している事実はあまり知られていない。

 米国を代表するシンクタンク、CFR米外交評議会によると、米国内で消費されている抗生剤の97%、感冒薬の多くに含まれているイブフロフェンの95%、アセトアミノフェンの70%が中国製だという。

 共和党議員たちの間では、これまでハイテク部品やAIといった先端技術に関わるサプライ・チェーンの切り離しを目指す動きはあったが、新たに、医薬品も国家安全保障にも関わる重要物資だとして中国企業への依存から脱却するための法案が提起されている。

 当然、肝心の新型コロナ問題でも中国政府の初動の検証を求める動きが出てきており、当面の感染対策にメドがつけば、独立調査委員会が設置され、米議会が調査に乗り出す可能性は非常に高い。

 米政治オンラインメディアPoliticoに掲載された、共和党お抱えの政治コンサルティング会社がまとめた大統領選に向けた指南書には、中国が感染拡大の原因であること、民主党が中国に甘いことを強調すること、そして中国の初動の調査に共和党が乗り出すことを、有権者に強調すべきだと指示されている。

 こうした動きは超党派のものになっている。中国に対して甘い、と言われてきた民主党のバイデン候補ですら、トランプ大統領の初動を批判するビデオ・メッセージの中で、中国による初動対応を問題視し、独立した国際的な調査が必要だと訴えている。

 発生源としての中国の責任を問う流れは、もはや米国政治において超党派のコンセンサスになりつつあるのだ。

米国各地で起きる中国への訴訟の動き

 中国政府によるコロナ感染拡大の初動対応に対する批判は、政治の街ワシントンだけでなく、地方や民間レベルにまで広がっている。

 3月12日にはフロリダ州で、中国政府が初動を誤った結果、多大な損害を蒙ったとして損害賠償請求が個人や企業から提起されたほか、ネバダ州でも中小企業が集団訴訟を起こしている。原告側は企業活動の停止などによる損害額は、数千億ドルに上るとしていて、中国政府が訴訟で直面する損害賠償額は天文学的な数字になる可能性が出てきている。

 集団訴訟の動きはついに州政府にも飛び火している。ミズーリ州は4月21日に、中国の誤った対応で大きな被害を受けたとして損害賠償を求める訴訟を連邦地裁に起こした。ミズーリ州は「中国政府は新型コロナの危険性を偽った。内部告発者の口を封じ、感染を防止する対策をほとんどとらなかった」と主張している。

 フロリダ州も4月26日に駐米中国大使宛に中国共産党に対して損害賠償を求める書簡を最高財務責任者名で送っている。書簡の中で、今後は州知事と州司法長官と協議の上、連邦地裁に提訴することを検討しているとも述べている。

 訴訟大国の米国において、裁判に訴えることは主要な闘争手段の一つとして定着している。当然、裁判で相手を追い詰め、譲歩を引き出す技術や法曹人材は十分にある。中国にとっては手強い対米闘争の正面がもう一つ増えることになり、頭の痛い動きだろう。

 オブライエン国家安全保障担当補佐官はホワイトハウスの中庭での記者団とのやりとりで、中国に対する対抗手段について問われると、涼しい表情でこう述べている。「我々には色々な手段がある。全米各地で裁判も提起されるようだが、さてどうなるか。集団訴訟専門の弁護士たちはかなり手強いからな」、と。

 そもそもコロナ以前から米国内の対中不信は高まっていたが、それは議会、軍、情報機関、通商当局、産業界の一部など、中国と密接にやりとりがある業界やセクター、あるいは中国をよく知る利害関係者など政府が中心であった。つまり専門家やプロの間の動きだった。

 しかし、そこのコロナ感染拡大での中国の対応のまずさ、そして、コロナ禍の最中に展開された中国による自己利益の拡大に余念のない外交戦、宣伝戦、情報戦が、中国をよく知らない米国の一般大衆にも、対中不信を根付かせた形となった。

 米国内の対中不信はこれまで政府中心、専門家中心の「オール政府」だったものを一般世論も巻き込んだ、「オール・アメリカ」に拡大させたといっていい。今、米国は上から下まで、真ん中からやや左から右まで、対中不信、対中強硬の空気がピークを迎えている。

 中国は新型コロナによる世界的混乱を、自国の影響力拡大につなげようと、様々な工作を仕掛けたものの、結果的には米国世論の怒りに火をつけてしまい、それまで醸成されつつあった米国の対中強硬を確実なものにしてしまった。紙幅の制約のため詳細を触れられないが、英国をはじめとする欧州やアフリカの一部、インドなど、これまで米国よりは中国に対して宥和的、中立的だった国々の間でも対中不信が高まっている。

 前述の通り、一体、コロナの混乱に乗じた宣伝戦や工作活動が達成しようとした目的な何だったのだろうか。もしかしたら一貫した対米戦略というよりも、その時々の国内政治事情に起因するところが大きいのかもしれないが、いずれにせよ米国内の対中不信をより確実なものにした意味では中国によっては赤字決算だといえよう。

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