2024年11月23日(土)

WEDGE REPORT

2020年5月20日

諸刃の剣になりかねない中国の責任追及

 だが、中国の思惑とは別にトランプ大統領は5月に入ると、対中強硬路線へのシフトを決意したかのような動きに出てきた。

 その主戦場は、これまで陰謀論の範疇を出ていなかった、中国・武漢におけるウイルス感染所が新型コロナの発生源だとする問題のショーアップだ。それまでは「武漢の研究所が発生源かどうか調べている」と疑惑を匂わせてながら中国を批判していたが、「明確な証拠がある」とまで踏み込んでいる。5月3日のフォックス・ニュースでは「近く情報機関による報告書がまとまる」とまで述べている。

 ちょうど、この直前に米Politico誌が、共和党全国委員会が共和党議員たちに中国の責任を追及する路線を全面に出すべきだとする選挙指南書を配布していた、と報じられていたばかりだった。

 ここに来て、トランプ政権および与党の共和党はTough on Chinaで選挙戦を戦っていくことを決意したのである。トランプ大統領および共和党としては米中貿易合意による農産品輸入が最悪、対中強硬路線の展開によって反故になったとしても、それを上回る政治的メリットがあると見切ったのであろう。中国による新型コロナに対する不透明な初動とその後の対応、そして対米工作は、天安門事件以来、最悪とも言われる米国内の対中世論の悪化をもたらし、そこに自身への責任を転嫁したいトランプ大統領の思惑もあいまって、米国の対中政策が対決路線、強硬路線となることを決定づけたといえる。

 ただし、この中国側の責任を追及する流れはトランプ大統領の再選にとって追い風になるだけでなく、思わぬ逆風にもなり得る諸刃の剣となる危険性を秘めている。

 今回のコロナ問題も米国人の死者数が7万人を超えており、ベトナム戦争での米国人死者数を超えた。死者数は少なくとも10万人、最悪の場合25万人にもなり得ると見られている(ホワイトハウスの対策チームのバークス調整官)。まさに未曾有の事態であり、「見えない敵との戦争」(トランプ大統領)との戦時下に米国はある。

 今は、目の前の新型コロナへの対応で米国も含めて世界は手がいっぱいだが、一定のめどがついて落ち着けば、中国の初動対応の誤りがいかに世界的感染につながったのかの検証がおこなわれるだろう。昔は、真珠湾攻撃、最近では9・11など、米国は多大の犠牲を伴う事件が起きるたびに検証作業をしてきた。

 その場合、超党派の独立調査委員会が設置されるのが最も考えられるスキームだが、すでにその下地になり得る動きが出てきている。15人の共和党下院議員たちが結成した「チャイナ・タスクフォース」だ。中国による影響力工作や国際機関への浸透、サプライ・チェーンの中国への依存問題などを取り扱うとされるが、当然、直近の新型コロナ問題における中国の対応も俎上にのぼるとみられる。当初、このタスクフォースには民主党議員たちも参画する予定だったが、対中政策が党派性を強く帯びてきたことを受けて執行部が反対したと言われている。大統領選挙を前にトランプ大統領や共和党と足並みを揃えているように見えるのは政治的に具合が良くない、という判断だろう。

 だが、このタスクフォースが民主党も参加する超党派のプラットフォームになりかけていた経緯はいかに中国問題が米国政治において党派を超えた問題として認識されていることの証左だといえる。

 独立調査委員会が設置されれば、なぜ新型コロナの感染は拡大し、これほどの死者をもたらしたのか、なぜこのほれどの多大な経済的損害につながったのか、の検証が進められるだろう。当然、その入り口はトランプ大統領が売り込み始めた「中国責任論」だ。

 そこで、中国の初動を調査する過程でトランプ政権の対応策も調査されることになれば、雲行きは怪しくなってくる。「中国の初動の誤りがいかに米国の死者の増大の原因になったか」という調査テーマが、ひとたび何かの拍子で「死者数を減らすことはできなかったのか」という議論にスピンアウトしていけば、当然、トランプの対応そのものも俎上にのぼることになる。中国の初動の調査や検証とは、トランプのコロナ対応の調査と紙一重なのである。

 実際、ピューリサーチ・センターの調査によれば、65%の人がトランプ大統領は新型コロナへの初動は遅過ぎたと答えている。もちろん文脈は全く異なるものの、中国の初動対応だけでなく、トランプ大統領の初動対応も米国民の厳しい視線にさらされている。

 当然、ライバルの民主党もこの問題で追及を強めることは想像に難くない。このことはトランプ大統領にとっては、命乗取りになり得る不気味な要素だ。


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