2024年4月26日(金)

WEDGE REPORT

2020年5月20日

米国をけん制する中国の農産品カード

 一方のトランプ大統領は、これまで微妙な配慮を中国に見せてきたが、ここに来てにわかに対中強硬路線に舵を切ってきている。

 中国に対する批判が強まり始めた当初は、習近平主席は偉大なリーダーだ、いい関係にある、中国はいい仕事をしていると弁護し続けていた。米国保健当局が再三、申し入れていた専門家の派遣と情報提供に中国が応じない姿勢を見せても、決して批判をしようとはしなかった。

 その後、自身の支持基盤である保守派の間に中国の初動に対する批判が広がり始めると、トランプ大統領は、ようやく批判めいたことを口にするようになる。それでもI am not happy with thatという程度の発言で、普段、政敵に口汚く罵るトーンに比べれば、表面を撫でるような言い回しだった。

 それでも、共和党内や保守派の間で中国への反発が無視できないレベルにまで高まると、それへの配慮から一定の中国批判をしなければならなくなった。そこで繰り出したのが、WHO世界保健機関への拠出金の停止だ。そのロジックは「WHOは中国寄りであり、中国に配慮していたため、新型コロナの情報公開を怠たり、感染が拡大した」というものだ。

 これは中国を批判しているようで、していない、支持基盤の保守派の溜飲を下げるための方便のようなものだ。同時にWHOにコロナ感染拡大の責任を転嫁することで、自身にその責任追及の矛先が向くことを避ける狙いもある。あくまで批判の対象はWHOであり、直接的な中国批判を控えている。

 このトランプ大統領の「煮え切らなさ」は、米中貿易合意で約束した米農産品の大量購入を中国がとりやめることを恐れていることから来ている。

 報復関税合戦となった米中貿易戦争で痛手を被った農家は、トランプ再選に向けた重要な支持基盤の一つだ。その農家を選挙前に一息つかせるためには、中国による米農産品の大量輸入は絶対不可欠だ。

 米中貿易協議の話題になると「農家は愛国者だ。中国との貿易戦争でも文句も言わずにジッと耐えていてくれている」というのがトランプ大統領の常套句だ。これは「農家に文句を言わずに我慢してくれ」という願いと、「いつか農家がキレて、反旗をひるがえすのではないか」という焦りがない交ぜになったものだ。

 全ての物事を自分の利益(目下のところは再選)を中心に考えているトランプ大統領らしい思考方法だ。トランプ大統領として中国に約束通り農産品を大量購入してもらわないと困るのだ。

 一方の中国にとっては米国産農産品の大量購入は果たさなければいけない履行義務であると同時に、トランプ大統領に対する強力な牽制材料でもある。現状を見る限り、農産品の大量購入というカードはトランプ大統領が反中で襲いかかってくることを防いでくれる盾の役割を果たしている。選挙イヤーでは対中批判が高まるのが米国の選挙事情の常だが(実際、そうなりつつある)、そうした中国にとって最も辛い時期に、農産品カードという歯止めを確保しているのは政治的に非常に巧みだと言わざるを得ない。

 中国としては当面、トランプ大統領を対中強硬路線に舵を切らせない程度に、最低限の約束を果たしながらも、大統領選がどうなるかの様子見を続けるということなのだろう。

 歴代米国大統領の中で言えば間違いなく対中強硬派の筆頭だ。長年、米国企業に対して続けられてきた中国による知的財産権の侵害行為に対して立ち上がり、報復関税を使って貿易戦争に訴えることで、それまでの対中協調路線だった対中外交政策を180度転換させたのは、まぎれもなくトランプ大統領だ。そのトランプ大統領が落選することになれば、まさに中国としては願ったり叶ったりだ。

 それに伴い、対中融和路線のバイデンが次期大統領となれば、中国にとってこれほど与し易い相手はいないだろう。民主党政権は伝統的に対中関与政策が基本路線であるし、政治のセオリーとして新大統領は前大統領がやってきたことを否定することから始める傾向がある。ましてや、所属政党が異なるのであればなおさらだ。そのセオリーからいえば、(仮に当選した場合)バイデン新大統領はトランプ前大統領が敷いた対中強硬路線をそのまま継承するとは考えにくい。むしろトランプ政権の強硬路線の逆を行くだろう。これこそ中国政府にとっては歓迎すべき展開だろう。


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