WEDGE REPORT

2020年5月19日

»著者プロフィール
閉じる

布施哲 (ふせ・さとる)

テレビ朝日ワシントン支局長

1997年上智大学法学部卒業、同年テレビ朝日入社。これまで政治部記者として国内政治を取材。防衛大学校総合安全保障研究科修了(国際安全保障学修士)、安倍ジャーナリストフェロー、フルブライト奨学生としてジョージタウン大学、米CSBA(戦略・予算評価センター)での客員フェローを経て現職。関心分野は米中関係、日米同盟、安全保障問題、中国および台湾による米国におけるロビー活動など。主な学術論文や著書に『米軍と人民解放軍』(講談社現代新書)、『対中アクセス拒否戦略』(国際安全保障学会最優秀新人論文賞)、『南シナ海問題の軍事的側面と戦略的意味』(慶應大学)など。

南シナ海の支配を目論む中国海軍(Xinhua/AFLO)

 南シナ海のファイアリー・クロス礁。国際社会の批判を尻目に中国が埋め立てを完成させた人工島だ。習近平国家主席がかつて米大統領に「軍事拠点化をすることはない」と確約した。ところが2020年4月10日、その島の滑走路には最新の軍用機が降り立っていた。

 一方、世界は新型コロナ・ウイルスの猛威との格闘を続けていた。見えないウイルスとの戦いの戦場となった病院。医師や看護師が感染リスクも省みずに患者を救おうと戦い、危険な現場に一番乗りする警察や消防が1分でも早くと、緊急車両を走らせていた。

 そんな光景が世界のあらゆるホットスポットで繰り広げられる中、中国は南シナ海の支配という利益の拡張と米国の混乱を誘うことで自己を相対的に優位する努力に余念がなかった。

 4月13日には空母遼寧が護衛の駆逐艦やフリゲート艦、補給艦を合計4隻従えて、南シナ海に入って存在感を誇示。「誰が南シナ海を支配するのか」を知らしめようとするかのように南シナ海を進んだ。

 それは明らかに感染拡大に苦しむ米海軍に対する当てこすりであることは間違いない。おりしも南シナ海を航行していた米海軍の空母「セオドア・ルーズベルト」艦内ではコロナ感染者が発生し、グアムへの後退を余儀なくされていた。同空母は840人の感染者を出し、乗組員4000人が下船の上、隔離されていた。戦力外となり、任務遂行不可能という意味では撃沈されたと同義といってもよかった。

 4月12日付の中国の環球時報は「米空母のニミッツ、ルーズベルト、ロナルド・レーガンそれぞれでコロナ感染者を出している一方、我が『遼寧』は感染対策に成功している」と報じ、米海軍に対する優位性をアピールしている。

 実際、新型コロナの大規模感染によって米軍の即応力は大きく損なわれていた。アジア太平洋地域で活動する米空母が皆無となる一方、中国空母だけが活動可能である状況は、中国が感染の封じ込めだけでなく戦闘力の維持にも成功している対米比較優位性を内外に宣伝したことになる。

 他方で、その軍事的意味は政治的意味ほどは大きくない。稼働中の米空母は確かにアジア太平洋にはなくなったが、イラン対応のためにアラビア海には空母「ハリー・トルーマン」が活動中であり、必要となれば7日以内に南シナ海に急行できる位置にいる。

 さらには中国海軍が「遼寧」の威容を広くアピールしようとも、それは政治的には一定の宣伝効果はあっても、軍事的には「大きな標的に過ぎない」(米海軍関係者)。

米原子力潜水艦の実力

 その理由は、圧倒的な優位性を誇る米攻撃型原子力潜水艦だ。グアムを拠点とする米潜水艦は中国海軍に見つかることなく、自由に南シナ海に出入りしていて、水中からひっそりと「遼寧」の機動部隊をいつでも魚雷で仕留められるポジションを維持しながら追尾していることだろう。

 現代のミサイル戦闘において空母は、軍事のプロの世界では超音速ミサイルや魚雷で容易に狙える脆弱な標的と評価されつつある。特に米空母よりも防空能力に課題がある「遼寧」は、自国や周辺国の一般国民にその威容を通じてメッセージを送る政治的、外交的手段という要素が強い。

 もちろん、中国は空母を動員した派手な政治パーフォマンスだけに終始していたわけではない。ひっそりと、しかし着実に課題を克服するための手を打っていた。

関連記事

新着記事

»もっと見る