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2020年5月19日

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布施哲 (ふせ・さとる)

テレビ朝日ワシントン支局長

1997年上智大学法学部卒業、同年テレビ朝日入社。これまで政治部記者として国内政治を取材。防衛大学校総合安全保障研究科修了(国際安全保障学修士)、安倍ジャーナリストフェロー、フルブライト奨学生としてジョージタウン大学、米CSBA(戦略・予算評価センター)での客員フェローを経て現職。関心分野は米中関係、日米同盟、安全保障問題、中国および台湾による米国におけるロビー活動など。主な学術論文や著書に『米軍と人民解放軍』(講談社現代新書)、『対中アクセス拒否戦略』(国際安全保障学会最優秀新人論文賞)、『南シナ海問題の軍事的側面と戦略的意味』(慶應大学)など。

中国がひそかに進めていた米潜水艦への対策

 話は冒頭の南シナ海の人工島に戻る。

 地対空ミサイルに守られた人工島、ファイアリー・クロス礁にある軍事基地に降り立っていたのは2機のKQ-200(Y8-Q)と呼ばれる海上哨戒機だった(実際の画像はこちら『Two KQ-200s deployed to Fiery Cross Reef』)。  

 海上を監視する哨戒機は戦闘機と比べると一見、地味かもしれないが、その配備には重要な軍事的意義と戦略的意図が込められている。空母による示威が「名」であるとすれば、哨戒機の展開は「実」だといっていい。

 Y8-Qの任務は海中に潜む米海軍の原子力潜水艦を発見、探知、追尾し、命令があればいつでも攻撃、撃沈することだ。8時間から12時間の哨戒時間があるとされるこの機体を、中国本土に隣接する海南島からファイアリー・クロス礁に進出させてきたことは、その哨戒のリーチを南シナ海のより奥深く、南シナ海全域を収めようとする中国の戦略的意図がある。これまでリーチが及ばなかった南シナ海のより南方海域にも監視の目を張り巡らせ、米潜水艦が潜める聖域をなくしていく、という明確な意思がそこにはある。

 現在、海軍の艦艇数や運用可能な攻撃機の数といったハード面だけでなく、それらの運用を支える宇宙アセットやサイバー電子分野においても人民解放軍の追い上げは凄まじく、米軍は対中紛争における敗北を余儀なくされる、との見方すらワシントンでは出始めている。

 そんな状況の中で、海中の領域、つまり潜水艦による水中の戦いは今でも米軍が絶対優位を維持している、数少ない分野だ。たとえ緒戦において米海空軍が後退を余儀なくされても、米海軍の攻撃型原子力潜水艦だけはなお、中国本土の近くに留まって活動を続けられると期待されている。

 同時に中国側としては、いくらミサイル戦力や海軍力、宇宙サイバー戦能力を充実させても、米海軍の虎の子の原子力潜水艦を発見し攻撃するASW対潜水艦戦能力が欠如しているアキレス腱が課題となっていた。

 深海に留まり続け、中国の動きを偵察し、人工島と本土を結ぶ補給線を脅かす米潜水艦の存在は中国にとっては戦術的な課題であるだけでなく、米潜水艦が、緒戦で押された米軍による本格的な反攻の際のさきがけを果たすという意味では、紛争の勝敗を左右しかねない戦略的な課題でもあった。その意味でY8-Qの配備は、米潜水艦という中国にとっての戦術的かつ戦略的な課題を克服する、という中国の強い国家的意思が反映されているといっていい。

 しかも、米国がコロナ対策という国内での問題に忙殺されている間隙をつく形で進められたタイミングの選び方も絶妙としか言いようがない。空母「遼寧」が周辺国を含めた一般国民にもはっきりと理解できるようにした派手な仕掛けだったのに対し、Y8-Qの配備は軍事のプロにしかわからない、ひっそりとした戦略的な仕掛けだった。

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