定年バックパッカー海外放浪記

2020年6月7日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

日本海海戦に乾杯

 ソメン君は高校卒業後に職を転々としてから海軍に志願。海軍生活が性に合ってすごく楽しいとズタ袋からストロング系缶ビールを取り出した。オジサンもザックからロング缶を出して乾杯。

 ソメン君は去年バルト海一周の演習に参加して海軍のおかれている重要性が理解できたという。地政学的にバルト海はロシアにとり生命線ということが実際にバルト海を一周して実感できたようだ。

 日露戦争で強大なバルチック艦隊がサンクトペテルスブルグ軍港を解纜、バルト海から北海に出て喜望峰経由で長駆日本海まで大航海したことを思い出した。

 オジサンが日露戦争と日本海海戦の話を持ち出すとソメン君は「ポーランド海軍兵士なら誰でも知っている。世界史上最大の海戦における日本海軍の大勝利(great victory)だ」と絶賛した。そしてポーランド人は日本人を偉大な民族として尊敬していると持参したボトルからウオッカをグラスに注いで乾杯。

ポーランド海軍のソメン君と日本のオジサン

ポーランド海軍で教える“武士道と忠臣蔵”

 聖母昇天祭である8月15日はポーランドにとり別の意味でも記念すべき日という。1917年8月15日にポーランド人が蜂起してグダンスク港に停泊していたロシアの軍艦を襲撃したという事件があったらしい。それが1917年のロシア革命、そしてポーランドの独立につながったと熱弁。

 ソメン君によると1795年にロシア、オーストリア、プロイセンの三か国によりポーランドが分割されて国家が消滅してから第一次世界大戦末期の1918年に独立するまでポーランド人は123年間も“亡国”を経験した。

 ポーランド海軍の教育プログラムでは日本の武士道と忠臣蔵が重要な教材として使われているという。取り潰された赤穂藩の浪士たちは主君(Lord)への忠誠心を堅持して宿敵を倒して主君の仇を討った。そして名誉の腹切り(ハラキリ)を遂げた。

 三国により国家が分割されたポーランド人が亡国の試練に耐えて国家再興のために臥薪嘗胆したことと忠臣蔵は共通する精神基盤があるとのソメン君の解釈。

 そして主君(藩)のために命を捨てるという武士道精神は軍人の国家への至高の忠誠心と全く同一であるとソメン君は理解したという。ソメン君は“チューシングラ”とか“ハガクレ”とか“ブシドー”とか熱く語った。

 第二次世界大戦中のナチスドイツによる支配も含めて二度も亡国の悲劇を経験したポーランド人にとっては忠臣蔵や武士道精神は受け容れやすく共感できるのだろう。

ポーランドのアネクドート(小噺)

 ポーランドの軍人魂とポーランド国民の気概を示す例えとしてソメン君は小噺を紹介してくれた:

 習近平がトランプに「中国と戦争するつもりか」と迫ったところトランプは「やめておく」と答えた。次に習近平はプーチンに対しても「中国と戦争するつもりか」と迫ったところプーチンもトランプ同様に「やめておく」と答えた。

 そこで勢いづいた習近平はポーランドの大統領と会談して「中国と戦争するつもりか」と迫ったところ大統領はイエスと答えた。そして「しかし戦死した中国兵をすべて埋葬するだけの土地がポーランドにはないので困ったことになるだろう」とポーランド大統領は続けた。ポーランド魂の面目若如である。

次回に続く

  
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