2024年4月20日(土)

Inside Russia

2012年6月21日

 「プロホロフ(大富豪、大統領選で結果3位)は大統領にはならないと思うけど…。彼はハンサムでしょ。だから彼に投票するわ?いけない?」

 大衆を味方にする彼女の独特の言い回しだった。

 選挙で64%の得票率を集めたプーチンが大統領に復帰することが決まった後も、抗議デモは続いた。iPhoneやiPadを使いこなす中間層の人々の反プーチンの気持ちは根強かった。そして、ついに、就任式前日の5月6日、デモ隊と警官隊が衝突。双方にけが人が出て、参加者の400人以上が拘束された。

 政権はこの「騒乱」事件の後、改正規制デモ法を1カ月のスピード審議で決め、罰則を強化し、違反者への罰金をロシア人の平均年収並に引き上げることにした。夫の死後、上院議員になったリュドミーラが、この法改正に強く反対した。すでに、サプチャク家全体が、プーチンのやり方にはっきりと抵抗を示すようになっていた。

“謀反者”恩師の娘を追い詰めるプーチン

 プーチンは、存在感を増すばかりのクセーニアに対してもある決断をする。ガサ入れは、プーチンの命を受けた大統領直属の捜査委員会が敢行したものである。午前8時に屈強な男たちが彼女の自宅を急襲し、クセーニアはその様子を「捜査員は、私が衣服を着るのも制止して物を奪い、辱めを受けた」とツイッターで実況中継した。

 彼女はデモ当日に当局への出頭を要請され、デモにも参加できなかった。リベラル派は露骨な嫌がらせに反発を示し、「1937年の大粛清(スターリンの政治弾圧)再来の兆し」とまで批判の口調を強めた。

 家宅捜索では、クセーニアの自宅からはなんと2億円ほどの現金が見つかった。セレブゆえのタンス貯金なのかもしれないが、当局は脱税容疑でも捜査を進めることをリークし、マスコミの好奇の目にもさらされた。

 強制捜査先の並み居る反骨の活動家の中に、クセーニアが含まれていたことは、すでに政権がクセーニアを「謀反者」として警戒しだしたことを意味する。ここらへんで、彼女を痛い目にあわせなければ、近い将来、厄介なことになると考えているかもしれない。

売名行為疑惑も

 一方、反政権派の中でも、クセーニアについては、過去のイメージから、「彼女は名前を売るためにデモに参加しているにすぎない」「裕福な生活をなげうってでも反プーチンを続けるわけはない」「目立ちたいだけ」という批判が渦巻いていた。このまま政権側につき、セレブ女性として娯楽番組に出演していれば不自由なく過ごせるのに、なぜ?という漠然とした疑問だった。しかし、このガサ入れと多額の現金の押収劇で、「彼女がクレムリンの手先でないことがはっきりした」との論調が出た。

 国営メディアはすでに、彼女を番組の司会の座から降ろし、追い落としを始めている。「クセーニアは、本気でプーチンに歯向かおうとしているのだ」。反プーチンの烙印を押されたからこそ、リベラル派の援軍が彼女を本気で支え出してもいる。

 最近は、ゴシップ紙ではなく高級紙や海外のメディアも彼女の動向や政治的発言を取り上げるようになった。家宅捜索後、高級紙コメルサントは彼女のこんなコメントを掲載した。

 「私たちは、政治信条が異なっていても、ウラジーミル・プーチン大統領と家族のように付き合ってきたわ。今、起こっていることの原因について彼と意見を交わしたいの」

皇帝にどこまで逆らうのか

 皇帝と、皇帝が「本物の政治家だ」と尊敬してきた恩師の娘。ボリショイ劇場やマールイ劇場の劇作家なら、物語の創造意欲がかきたてられるこれ以上の組み合わせはあるまい。今後、クセーニアは社会秩序を乱した犯罪者として立件される可能性がある。

 恩師の娘は、皇帝にどこまで逆らうつもりなのか? 果たして、そのときに、ロシア社会に到来するものは何なのか?

「こんな時でも、良いニュースはあるわ。災難が降りかかったときに、結局、誰が自分の友達かわかるの」

 クセーニアは今日もツイッターで発言を続けている。一方で、プーチンは一言も彼女について公の場で言及していない。それはむしろ彼女の存在を暗に認めていることでもある。

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