「手玉」と「無知」
ボルトン氏は米ABCニュースとのインタビューで、トランプ大統領は外国首脳にとってあやつりやすく、しかも驚くほど知識がなかったと率直に語りました。
回顧録には18年12月にブエノスアイレスで開催されたG20サミットの際の米中首脳会談で、習主席がトランプ大統領に「あなたと一緒にもう6年間仕事をしたい」と伝えたと記されています。これに対して、トランプ大統領は「米国民は憲法で大統領の任期を2期までに制限しているのを廃止するべきだと語っている」と返事をしたというのです。
同年12月19日に行われた米中首脳による電話会談においも、習主席はトランプ大統領に米憲法を修正して、大統領職に長く就いてもらいたいと述べたと、ボルトン氏は書いています。このあたりは、トランプ大統領を快適にして手玉に取ろうとする習主席の思惑がはっきり見えます。
ボルトン氏は回顧録の中で、トランプ大統領が恥をかくような発言を紹介しています。例えば、トランプ氏が習主席に「あなたは300年の歴史の中で最も偉大なリーダーだ」と告げ、数分後に「中国の歴史の中で最も偉大なリーダーだ」と言い直したと書いています。米国は建国243年ですが、中国には3000年以上の歴史があります。
さらに、トランプ大統領は民主化を求めて北京の天安門に集まった学生や市民を軍隊が武力行使で鎮圧した天安門事件に関して、「15年前のことは気にしない」と、ボルトン氏に語りました。天安門事件は1989年6月に起こりました。ボルトン氏は回顧録の中でトランプ氏の無知を指摘しています。
「席を立った」本当の理由
19年2月にハノイで開催された2回目の米朝首脳会談に向けた事前のミーティングの中で、トランプ大統領は「席を立ってもOKだ」と述べていたと、ボルトン氏は記しています。同氏によれば、トランプ氏は金委員長との会談に当たり、完全な非核化と全面的な制裁解除を取引する「ビック・ディール」、部分的な非核化と制裁緩和を取引する「スモール・ディール」及び「席を立つ」の3つのカテゴリーに分類していたと明かしました。
ビッグ・ディールに関してトランプ氏は、金委員長は完全な核放棄は受け入れないので実現は難しく、視野に入れていませんでした。一方、スモール・ディールは政治的に受け入れが困難でなので、拒否したというのです。そこで、浮上したのが「席を立つ」です。
ボルトン氏の観察によれば、トランプ大統領は元顧問弁護士マイケル・コーエン氏のロシア疑惑に関する米議会での公聴会の報道をかき消すことに懸命でした。ハノイでの米朝首脳会談が「劇的な結果(dramatic outcome)」に終われば、目的を達成できるとみていました。そのためには、「席を立つ」が最も適切な選択肢であった訳です。
ボルトン氏はハノイでのトランプ大統領の言動についても明かしています。トランプ氏はワシントンで開催されているロシア疑惑の公聴会を観るために、ハノイでのブリーフィングをキャンセルしました。
金委員長との1時間の会談を終え、30分の休憩に入ると、トランプ氏は部屋に戻って、即座に米FOXニュースでコーエン氏の証言と米朝首脳会談の報道を確認しました。トランプ支持者がコーエン公聴会と首脳会談をFOXニュースで観ていたからでしょう。それほど、ワシントンでの動きが気になっていたのです。
2回目の米朝首脳会談の結果について、ワシントンでは北朝鮮の罠に嵌って彼らに有利な合意をするよりもマシだったというトランプ大統領に対する一定の評価がありましたが、実は会談の決裂は「計画的」であったのです。