2024年12月15日(日)

海野素央の Democracy, Unity And Human Rights

2020年6月9日

ワシントンDCのバウザー市長は、ホワイトハウス前通りを抗議スローガン「Black Lives Mater (黒人の命は大事)」にちなみ改名した(Khalid Naji-Allah Executive Office of the Mayor/REUTERS/AFLO)

 今回のテーマは、「抗議デモを支持する元高官とリンカーン・プロジェクト」です。中西部ミネソタ州ミネアポリスで発生した白人警察官による黒人男性暴行死事件に端を発した抗議デモは、収束の目途がたっていません。

 強硬策で抗議デモを鎮静化しようとしたドナルド・トランプ大統領に対して、反対の声が上がっています。トランプ政権で国防長官を務めたジェームズ・マティス氏は、平和的抗議デモ支持の声明を発表しました。共和党の元選挙参謀等が立ち上げた「リンカーン・プロジェクト」は抗議活動家を擁護し、ドナルト・トランプ大統領の言動を批判したネット広告「米国の戦場(America is war zone)」を制作しました。

 そこで本稿では、まずマティス前国防長官の声明を読み解き、次に「米国の戦場」を分析します。そのうえで、民主党の大統領候補に必要な過半数の代議員数を獲得したジョー・バイデン前副大統領は、トランプ大統領に対してどのような選挙戦略で臨むべきかを考えてみます。

「異例中の異例」の声明

 マティス前国防長官は雑誌「アトランティック」に寄せた声明文で、「ドナルド・トランプは私の人生で、米国民を団結させようとしないし、ふりすらしない初めての大統領だ。代わりに彼は我々を分断しようとしている」と述べて、トランプ大統領を痛烈に批判しました(『James Mattis Denounces President Trump, Describes Him as a Threat to the Constitution』)。

 加えて、マティス前長官は平和的抗議デモに理解を示し、合衆国憲法で定められていると主張しました。合衆国憲法修正第1条は表現の自由及び平和的抗議デモを保証しています。

 マティス氏は連邦軍の投入についても触れ、「知事によって要請があったときのみ、米軍を使うべきである」と議論し、トランプ氏に釘を刺しました。イラクやアフガニスタンで外国人兵士を相手に戦った米兵を抗議デモの現場に派遣して、自国民に銃口を向けることに反対したといえます。

「ナチス」と「良心の天使」

 ところで、マティス氏は同じ声明の中で、ナチス・ドイツの「分断と征圧」のスローガンとトランプ大統領の手法との類似点を指摘しました。この指摘には一定の説得力があります。

 というのは、トランプ大統領の1番目の元妻イバァナ・トランプ氏が1990年に雑誌「バニティ・フェア」のインタビューで、同大統領がアドルフ・ヒトラーのスピーチ(1918年~1939年)を収集した『我が新秩序』を読んで、ベッドの傍にあったキャビネットの中に入れていたと述べているからです。

 さらに、マティス前国防長官は声明の中で、エイブラハム・リンカーン元大統領(共和党)が1861年3月4日の第1次大統領就任演説で使用した「良心の天使」を引用し、「良心の天使を忘れてはならない。米国の強さは団結だ」と強調しました。

 南北の対立が鮮明になる中で、リンカーン元大統領は、南部州の市民に向かって「我々は敵同士ではなく、友であります。我々は敵であってはなりません」と述べ、人間の本性に潜む「良心の天使」により南北の団結が生まれると訴えたのです。

 トランプ大統領が好んで使う言葉の1つは「敵(enemy)」です。トランプ氏は主要な米メディア、民主党及び急進左派を「国民の敵」とレッテルを貼り、繰り返し攻撃を加えます。おそらくマティス氏は、「団結」ではなく「分断」を煽るトランプ氏の中に、「良心の天使」が見えないのでしょう。


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