2022年7月5日(火)

立花聡の「世界ビジネス見聞録」

2020年8月12日

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立花 聡 (たちばな・さとし)

エリス・コンサルティング代表・法学博士

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

 

 試行錯誤を繰り返し、手探りで進め!

 マレーシアは数年前から医療業界の構造改革に取り組んできた。その一環として、遠隔医療もアジェンダに上がり、マレーシア医薬理事会(MMC)は音頭を取って「遠隔医療ガイドライン」の作成に取り掛かっていた。しかし、スピード感に欠け、進捗が遅かった。

 マレーシア・デジタルヘルス準備委員会(Digital Health Malaysia Pro-tem Committee)のウォン・チー・ピョウ(Wong Chee Piau)医師はメディア取材に応じ、「コロナ期間中に、多くの患者が止むを得ず遠隔診療を使った。これで常態化し、一種のニューノーマルになり得るかと聞かれたら、私はむしろこの変化がもっと早く段階に起きるべきだったといいたい」と語り、今回のコロナ対策における遠隔医療の応用事例を生かし、同国のデジタル医療の成長につなげていくことに期待を寄せた。

 法令政策面を含めて、一連の防疫措置を通して規制緩和に向けて、マレーシア政府はより柔軟な運用姿勢を見せはじめた。

 遠隔医療についてマレーシア保健省は元々それほど消極的ではなかった。全国に35か所のバーチャル・クリニックを設置する計画を持ち、2019年にも第一陣のテストケースとして5か所を立ち上げていた。今回のコロナ禍期間中に、保健省は政府各部門の横断的プロジェクト支援チームを立ち上げ、以下6大主題を掲げ、本格的な取り組みを始めた。

  1. 戦略とリスク評価~メディアとSNSにおける情報共有、ホットラインとコールセンターの設置。
  2. コミュニティの参画~感染経路の追跡アプリ、コミュニティ・モニタリング・アプリ、感染症情報リリースやセミナー、オンライン診察の予約、バーチャル・クリニック診察の本格化。
  3. 運営効率のモニタリングと検証~データ採取システム、医療ニーズの即応手配システム、診察待ち管理システム、国家公共衛生実験システム、eアラート。
  4. 洞察と予測~データ分析と可視化、マップ・パネル、病院・公共衛生分野と国家安全保障会議との感染症防御連携システムの構築。
  5. インフラのアップグレード~情報システムの包括的連動、ネットのアップグレード、テレワーク支援技術、5G無線接続、基地局の増設。
  6. 研究と臨床試験の拡充~ビッグデータ(数理モデル、疫学、薬の開発研究)、人工知能、ゲノム解析、3Dプリンター、新型コロナウイルスのオンライン学習等システムの強化。

 さらに保健省はAIの導入にも積極的だ。既存システムのバージョンアップとともに、新技術を導入したうえで、「バーチャル・ヘルス・アドバイザリー」という包括的システムを作り上げ、国民に無料開放すると計画している。基幹システムに加え、薬の宅配、コミュニティ(地域社会)における往診ネットワークなどの周辺サービスも盛り込む。

 新型コロナウイルスのパンデミック化後、保健省は「インターネット+医療」をコロナ戦略の一環として位置づけ、一連のデジタル・ソリューションを導入した。昨今、「ニューノーマル適応」という新しいフェーズに軸足を移し、向こう6か月にまずは政府病院と診療所において試験的に「バーチャル相談」を始めるという。

 オンライン相談・診察の対象は当座、心血管疾患や糖尿病、高血圧といった非感染症疾病に絞り込み、検証を行う。

 電子カルテシステムの取り組みも計画されている。現在マレーシアでは当該システムは本格的に機能していないため、これを改善し、複数の病院が同一患者のカルテを共有できるように治療・投薬情報の統合に取り組む。保険省は向こう3~5年の間に第一陣として全国145の病院と1700の診療所を対象に横断的電子カルテシステムを立ち上げ、従来の紙ベースのカルテに全面廃止し、国民一人ひとりに「終身ネットヘルス・パスポート」を発行し、マレーシア保健データベース(MyHDW)と同期させる。

 試行錯誤を繰り返せばいい、とにかくやってみることだ。手探りで進む、これがマレーシアの基本姿勢だ。シンガポールで取り組まれてきた「サンドボックス」(注)のマレーシア版はいよいよ始動する。

 日本国内では、コロナ感染の拡大に伴う患者の受診控えもあって、病院経営は厳しく、全国の3分の2の病院が赤字に転落している(2020年6月発表)。政府は経営が悪化したこれらの医療機関を支援するため、官民ファンドを活用した新たな枠組みを設けると、8月9日付けの日本経済新聞が報じた。

 当面の支援も大変重要だが、限られた原資を将来につなげる分野にも少し割り当てられないだろうか。ニューノーマルという長期的な視点をもち、シンガポールやマレーシアで取り組まれている「遠隔医療」事例が何らかの形で日本の参考になってほしい。

(注)サンドボックス(Sandbox)とは、外界と隔離されていたり、機能が制限されていたりして、ボックスの中で何が起きても、外部には影響が出ないようになっている試験専用のクローズド環境である。モデルの確立やイノベーションの取り組みにあたって、新たなチャレンジは、一定範囲内において国家法律の規範を受けずに、テスト的に行えることを指す。シンガポール保健省は、新たな医療サービスのモデルを一定の環境下で実証実験する「医療版レギュラトリー・サンドボックス」を実施している。

  
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