2024年5月24日(金)

田部康喜のTV読本

2020年9月12日

対策の字句にこだわる専門家たち

 新型コロナウイルスの感染者の抑制に取り組む科学者と、経済を重視する政治家の間では軋轢が生じたのは無理からぬことだった。感染症対策と経済の両立を図ることは、特効薬とワクチンがない現状では困難である。

 政府は3月下旬の連休を前にして、3月19日に専門家会議による現状と対策の分析を求めた。のちに、このときの専門家会議の報告書は「分水嶺」といわれるようになる。

 専門家の間でも意見は分かれた。政府に先立って、緊急事態宣言をして感染者数が減少傾向をたどった、北海道の例を加えて、対策にアクセルを踏むばかりではなく希望もみえるようにしたほうがいいという意見もあった。先の川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長も「(対策を)強くしないで維持しよう。緩めるわけではない。(国民に)ほっとした気持ちがあってもいいと考えた」と、振り返る。

 国際医療福祉大学の和田耕治教授は、対策の字句にこだわった。「慎重な」対策を求めた。政府からは「それでは、イベントなどの開催が難しくなる。『適切な』ではどうか、と働きかけられた」と、証言する。最終的に和田教授の案が採用された。

 厚生労働省健康局の正林局長は「専門家の知見はあるべき姿であって、行政的には実現が難しい場合もある」と、語る。

 行動経済学が専門の大阪大学大学院の大竹文雄教授は「報告書は全体として、(国民に)安心情報と受け取られる。冒頭に『感染が落ち着いてきた』などとあったからだ。報告者の尾身(茂)さんには、危機感を強調して欲しい、と助言した」と、証言する。

 尾身氏は、記者会見において、危機感が薄れると「オーバーシュートが発生する」と強調した。しかし、連休後から感染者の数は急速に増えていった。「リスクコミュニケーションが、受け手にいかにどう思われるか。重要なミスをしてはいけないと後で感じた」と、反省している。

 政府の医療費予算は、43兆6000億円に及ぶ。医療費の圧縮の一環として、病院の統廃合が進んでおり、病院経営は9割の病床が埋まっていなければ採算が取れない状態である。患者に早期の退院をうながす理由である。感染症がいったん発生すれば、病床不足に陥る。

 全国の病院のなかで、感染症専門医がいないところが60.9%。感染症患者向けの個室を備えているところは39.9%に過ぎない。

 感染症対策の最前線である、保健所はどうか。過去30年間で統廃合によって、半分に減少している。2010年の感染症対策の提言に保健所の強化が盛り込まれたが、その後も数は漸減している。

 政府の非常事態宣言は、5月25日に全面解除された。しかし、「貧者の戦い」は続いている。

  
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