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2020年10月6日

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出井康博 (いでい・やすひろ)

ジャーナリスト

1965年、岡山県に生まれる。ジャーナリスト。早稲田大学政治経済学部卒業。英字紙「ニッケイ・ウイークリー」記者、米国黒人問題専門のシンクタンク「政治経済研究ジョイント・センター」(ワシントンDC)客員研究員を経て、フリー。著書には、『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書)、『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社)、『黒人に最も愛され、FBIに最も恐れられた日本人』(講談社+α文庫)などがある。

 第2次安倍政権が誕生した2012年以降の7年間で、外国人労働者は約100万人増え、19年末時点で約166万人を数えるまでになった。また、日本に永住する資格を得る外国人も増えている。安倍政権は史上類を見ない「開国政権」だったと言える。

 その安倍政権を引き継いだ菅義偉新首相のもと、外国人の受け入れ政策はどう変わるのか。

(Kavuto/gettyimages)

 安倍政権で外国人労働者の受け入れ拡大を主導し、メディアで最も積極的に発言を続けていたのが、官房長官当時の菅氏だった。外国人労働者のための新在留資格「特定技能」創設が話題となっていた2018年10月、菅氏は『毎日新聞』の取材に応じ、こう述べている。

 「人手不足のため廃業するところまで出ている。放置していると社会問題になる。そこで現在の制度は『そろそろ限界だ』と判断して、新たな在留資格を創設しようと作業しているところです」(18年10月25日『毎日』朝刊)

 菅氏の言う「現在の制度」とは、人手不足解消のため、「実習生」や「留学生」として外国人労働者を受け入れる状況を指していると思われる。外国人労働者の急増は、実習生と留学生の増加によって起きた。だが、本来の意味で「労働者」と呼べない実習生や留学生を、人手不足解消に利用しているのはおかしい。その状況を改めるため特定技能の創設に尽力したのは、菅氏の功績と言えるだろう。

 インタビューを読む限り、菅氏は「人手不足のため廃業」の危機にある企業を救いたかったようだ。そうした思いは、『毎日』記事の約2カ月前に『西日本新聞』の取材を受け、こう語っていることからも窺える。

 「外国人材の働きなくして日本経済は回らないところまで来ている。高齢者施設をつくった私の知人も、施設で働く介護人材が集まらないと言っていた」(18年8月23日『西日本』電子版)

 菅氏は「外国人材の働きなくして日本経済は回らない」と当たり前のように述べている。確かに、菅氏の知人が経営する介護施設のような職場は、外国人労働者なしには成り立たないのかもしれない。だが、「日本経済は回らない」とまで言えるだろうか。

 外国人頼みが進んだ職種とは、日本人の働き手に敬遠され、人手不足に陥ったものばかりだ。たとえば、外国人労働者全体の約2割を占める留学生の場合、その多くが夜勤の肉体労働に就いている。典型的なアルバイト先は、スーパーやコンビニで売られる弁当や惣菜の製造工場、宅配便の仕分け、ホテルの掃除などである。いずれの仕事も、体力さえあれば日本語ができなくてもこなせる。

 留学生アルバイトがいなくなれば、コンビニなどで売られる格安弁当は確実に値上がりするだろう。宅配便の「翌日配達」「送料無料」といったサービスにも支障が出るに違いない。だからといって、「日本経済は回らない」わけではない。私たち日本人が特権的に享受している、世界で最高レベルの「便利で安価な暮らし」が成り立たなくなるだけだ。

 筆者は何も、外国人労働者や移民の受け入れを頭ごなしに否定しているわけではない。留学生たちの状況が象徴するように、日本人が嫌がる仕事を外国人に担わせ、「便利で安価な暮らし」を維持することの是非を問うている。

 もしも菅氏が、貧しい国の若者であれば、金さえ払えば喜んで日本人が嫌がる仕事もやってくれると考えているなら大間違いだ。彼らも同じ人間である。日本人がやりたくない仕事は、できれば彼らもやりたくない。

 留学生の就職問題について、菅氏はこう述べている。

 「現在、卒業後に日本で就職できる留学生は全体の36%に過ぎない。失意の思いで帰国し、日本に不信感を持つ事態は避けなければならない。(中略)日本企業への就職支援にも力を入れる」(前述・『西日本新聞』インタビュー)

 この「36%」という数字は、独立行政法人「日本学生支援機構」が2015年度、日本の大学もしくは大学院を卒業した留学生を対象に行った調査結果の引用だと思われる。同調査では、留学生の64%が日本での就職を望みながら、実際に就職したのは「35.2%」との結果が明らかになった。その割合を「5割」まで増やすことを、安倍政権は「留学生の就職支援」策に掲げていた。

 確かに、「失意の思いで帰国し、日本に不信感を持つ」ようになる留学生は多い。だが、それは就職の成否とは関係ない。

 留学生たちに多額の借金を背負わせて受け入れ、法律で認められた「週28時間以内」のアルバイトでは生活できない状況に追い込む。そして底辺労働者として利用した揚げ句、留学ビザと引き換えにアルバイト代を学費として吸い上げる。そうやって彼らを利用している人手不足の企業や日本語学校、また就職斡旋ブローカーなどの存在によって、留学生たちは日本への「不信感」を募らせる。そんな事態を招いたのが、安倍政権が進めた「留学生30万人計画」だったのだ。

 前述『西日本新聞』記事で、「外国人を獲得するため、どのような環境整備をしていくか」と問われた菅氏は、開口一番こう答えている。

 「日本語学校の質を高め、日本語教育を充実させる」

 筆者も大賛成である。ただし、「日本語学校の質」を高めるためにも、まず「数」の淘汰を図ってもらいたい。

 全国の日本語学校の数は安倍政権下で2倍近くに増え、2019年末時点で774校にまで膨らんでいる。この数は大学よりも多い。「留学生30万人計画」によって流入した偽装留学生の受け皿となってのことである。

 大学などとは異なり、日本語学校は簡単に設立できる。そのため人手不足の企業や人材派遣業者などが、学校をつくるようなケースも目立つ。営利のみを優先し、「教育機関」とは到底呼べない学校もあまりに多い。

 筆者は過去5−6年間、日本語学校に通う留学生たちを取材しているが、彼らの置かれた状況は実にひどい。学費の滞納を防ぐため、留学生からパスポートや在留カードを取り上げるような学校がある。気に入らない留学生を拘束し、空港へと連行して母国へ強制送還してしまうことも、多くの日本語学校で日常茶飯時となっている。しかも留学生には、悪質な日本語学校に入学しても、転校する自由すらない。実習生が職場を変われないのと同様、極めて日本側に都合のよいシステムなのだ。

 最近も私の取材を通じ、北関東のある大手日本語学校で、留学生が進学や就職をする際に必要となる証明書の発行を拒み、同じ経営者が運営する系列の専門学校への内部進学を強要していた問題が発覚した。こうした人権侵害行為は、日本人の学生相手には絶対に起こり得ない。しかし、留学生のみ在籍する日本語学校では、現実に起き続けている。

 しかも留学生たちは、人権侵害の犠牲になっても声を上げることをためらう。留学生に認められる「週28樹間以内」を超える違法就労への後ろめたさがあるからだ。そんな彼らにつけ込み、日本語学校のやりたい放題がまかり通っている。

 本来であれば、行政が監督すべきことである。だが、日本語学校の実質的な監督官庁と言える法務省出入国在留管理庁、教育の中身をチェックする立場にある文部科学省も、現状を放置し続けていると言われても仕方ないだろう。

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