2024年12月5日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年10月13日

 9月14日付のSan Antonio Express-Newsにて、米国シラキュース大学のメアリー・ラブリー教授は、トランプとバイデン両次期大統領候補は米国の製造業再生を共に目標に掲げているが、その政策手段にはかなりの違いがあることを要領よくまとめている。

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 トランプ政権の保護貿易政策が米国製造業の雇用創出を生む保証はないことについては、これまでも度々取り上げてきた。ここでは、改めて最近の研究を2つ取り上げておこう。第1は、米国 Fedの最近の研究である(A.Flaaen and J. Pierce “Disentangling the Effects of the 2018-2019Tariffs on a Globally Connected U.S.Manufacturing Sector,” FRB,Dec. 23,2019)。そこでは、トランプ政権の関税引上げと貿易相手国の報復関税の影響が総合的に分析されている。それによると、2018年から2019年中頃までの期間でみて、米国製造業の雇用は正味で1.4%(17.5万人)減少し、生産コストは4.1%増加したとのことである。要するに」、トランプ関税の効果は、関税によって保護した産業の雇用は守ったが、関税引き上げによる生産コストの上昇と貿易相手国の報復関税によりマイナス効果の方がトータルでは大きかったことが確認されている。

 2つ目は、米国を含む60か国を分析対象国として、貿易収支と製造業雇用比率の関係を計量的に分析した研究である(R.Lawrence ,“Will smaller trade deficits bring back manufacturing jobs?”, PIIE, Sep.17,2020)。分析の結果わかったことは、製造業雇用比率が大きく低下した国ほど貿易収支の黒字幅は大きいということであった(そうした現象が顕著に見られる国としては例えば、アイルランド、シンガポール、韓国、台湾、ドイツ、マレーシア等である)。要するに、貿易赤字を小さくすれば製造業の雇用比率は高まるというトランプの信念は間違っているのである。

 それでは、バイデンの処方箋はどうであろうか。バイデン候補が9月9日に発表した「メイド・イン・アメリカ税制」は次の3本柱からなる。第1は法人税率を28%に引き上げた上で、米国企業の海外子会社が米国への販売で稼いだ利益に対しては法人税率1割を課税する(“懲罰税”)。第2は米国企業の海外子会社が獲得した利益(「米国国外軽課税無形資産所得(GILTI)」)への税率を10.5%から21%に倍増する。第3は米国内での工場を再開や雇用の積み増しなどを対象に、関連費用の10%を税額控除する。

 処方箋の詳細が不明な点が多いので断定的なことは言えないが、印象としては製造業雇用のこれまでの減少傾向を大きく逆転させることは簡単ではないとのラブリーの見方に同感である。もちろんバイデンの政策には期待もある。

 第1は、トランプ政権のこの2年間の関税引き上げ分を元に戻すことができれば、貿易政策にかかる不確実性は大きく低下し、そのことは製造業部門の設備投資にもプラスになろう。第2には、トランプ政権が行った法人税の引き下げよりも、バイデンの政策である設備投資に絞った投資税額控除の方が投資のインセンティブを高めるという見方もあろう。ただ、製造業再生に向けたバイデン税制の効果には厳しい評価もありえる。

 第1は、10%程度の投資税額控除だけでは、目に見えるような投資が喚起されるかどうかについては定かではないことである。

 第2には、米国企業の海外子会社の米国向け販売に“懲罰税”を課すとか、海外子会社の収益への税率を倍にするとの税制変更によって、仮に米国多国籍企業の海外進出を幾分かは阻止できたとしても、そのことは米国国内での設備投資の増加を何ら保証するものではない。

 第3には、仮に米国での設備投資が増加し、生産性が増加しても、そのことはなんら雇用増大を保証しないのである。米国における製造業雇用の減少(特に2000年初頭から2010年にかけて)の原因の一つは、中国からの輸入増大によって米国企業の優位性が喪失した結果生じたという面もあったが、基本的には生産性の上昇があったからであるとの仮説の方が説得的である。

 要するに、生産性の上昇は雇用の増大を何ら保証しないのである。逆に言うと、製造業の生産性の上昇を雇用の増大に結びつけるためには需要の増加が付随しなければならないのである。そして、そのためには、投資税額減税だけでは役不足であって、中低所得層への減税や社会インフラ投資、さらにはグリーン関連投資等の需要喚起策の登場が不可欠になるのではないだろうか。

  
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