イランはかつて、南コーカサスで仲介者の役割を果たしたが、今回のナゴルノカラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンとの紛争では、中立的な立場をとって仲介に乗り出すのではなく、アゼルバイジャンを支持する姿勢を明確にしている。
アゼルバイジャン系住民(アゼリ人)の多いイランの北西部の4県は、アゼルバイジャンを支持する共同声明を発出し、声明はナゴルノカラバフがアゼルバイジャンに属することは「疑いない」と宣言している。イランのロウハニ大統領、ザリフ外相、ハメネイの首席外交顧問のヴェラヤティは揃って、アルメニアは1994年以来占領しているアゼルバイジャン領から撤退すべきである、と述べた。
調停者の役割を放棄することは、地域への影響力が低下することも厭わないということである。今回イランは、なぜそのよう立場に甘んじているのか。それは、イランが多民族国家であるがゆえに、ロシアやトルコのように紛争の第三者の当事国ではなく、紛争から大きな影響を受ける立場にあるからである。
イランの最大の少数民族はアゼリ人で、約2,000万人と人口の4分の1を占める。アゼリ人はナゴルノカラバフ紛争で、当然のことながらアゼルバイジャンを支持している。1990年代と比べて、今日ではイランのアゼリ人はアルメニアとアゼルバイジャンの紛争をはるかに強く意識しており、はるかに強くアゼルバイジャンを支持しているという。したがって、イラン政府はその影響力を無視できない。アゼリ人が不穏な動きをすれば、イランの国内の安全に深刻なリスクとなる恐れがある。そこで、イラン政府は今回のナゴルノカラバフ紛争で強くアゼルバイジャンの支持を表明したのである。
イランにはアゼリ人の他にクルド人(人口の7%の約600万人といわれる)、バルチ人(約300万人)、アラブ人(約200万人)がおり、イラン政府はもしアゼリ人が不穏な動きをすれば、それがこれらの少数民族に影響するしうることを懸念している。紛争がこうした国内少数グループの蜂起につながれば、現在のイランには、これに対処する準備ができていない。
したがって、イラン政府はナゴルノカラバフ紛争でアゼルバイジャンの支持を強く表明したのみならず、紛争の早期終結を望んでいるのである。しかし、今のイランには紛争を調停する力はなく、ロシアやトルコに頼らざるを得ない。
紛争自体は、既に3回の停戦合意があった。1回目はロシアの仲介で10月10日から、2回目は米ロ仏3か国首脳と欧州安保協力機構が即時停戦を呼び掛ける中でのロシアによる再度の仲介で10月18日から、3回目は米国の仲介により10月26日から軍事行動を停止することで改めて合意がなされた。しかし、いずれもごく短期間で停戦が破られ、衝突が再開している。
ロシアはアルメニアとの間に相互防衛条約を結んでおり、アルメニアが攻撃された場合には介入せざるを得ない。ロシアは経済的負担を避けるためにも南カフカスでの軍事行動は避けたいところであり、今後とも仲介に努めるものと見られる。かつてソ連領であった同地域での影響力を保ちたいとの考慮もあろう。しかし、ナゴルノカラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの対立の根深さ考えると、本格的な停戦はなかなか見通し難い。イランにとり、懸念は当分続くことになるだろう。
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