2つのテロ組織の影
フランスでは、自らテロリストの襲撃を受けたことがある風刺週刊紙シャルリエブドが9月、ムハンマドの風刺画を再掲載、この風刺画をめぐってテロが続発した。イスラムではムハンマドを風刺することは「許し難い冒瀆」だが、マクロン仏大統領は「表現の自由」を盾に「宗教を冒瀆する権利」を擁護、イスラム教徒の行動に規制を加える法案を検討中だ。
マクロン氏の対応については欧州諸国の大勢が支持を表明している一方、中東などイスラム諸国では仏製品のボイコットなど激しい抗議行動が起き、「欧州対イスラム世界」の敵対構図が生まれており、対テロ専門家の間では「イスラム過激派が刺激されてテロの連鎖が起きかねない」との懸念が高まっていた。
こうした背景の中で起きたウイーンのテロだが、容疑者を支援した可能性としては2つの組織が考えられるだろう。1つはオーストリア当局の発表で指摘されたISだ。シリアを本拠にしていたISは19年3月に壊滅、逃亡していた指導者のバグダディも同10月、米特殊部隊によって殺害された。
しかし、ISの残党勢力はシリアとイラクに依然、数百人規模の戦闘員を維持しており、散発的なテロや誘拐などを繰り返している。米軍やイラク治安部隊が掃討作戦を展開しているが、“イタチごっこ”が続いているのが現状。残党勢力のうち一部は国際テロ組織アルカイダのシリア分派「フラス・アルディン」などに合流した。
またISの過激思想を伝搬する「思想部隊」は中東各地からオンラインを使って世界中の支持者らを鼓舞し、欧米へのテロを呼び掛けている。中東や西アフリカ、アフガニスタン、アジアなどでIS分派が勢力を拡大しているのはこうした「思想部隊」によるところが大きい。
欧州にはIS全盛時代に密かに送り込まれた“休眠細胞”が多数残っているとされ、今回、ウイーンのテロ容疑者に接触し、武器供与などで支援したのは「思想部隊」から指令を受けた“休眠細胞”だったかもしれない。逮捕された中に、ロシアのチェチェン系の人間も含まれているという情報があり、“休眠細胞”に関わっていた可能性がある。
もう1つは前述した「フラス・アルディン」が関与した可能性だ。同組織は欧米への攻撃を画策する凶悪グループとして、米軍や米中央情報局(CIA)から最重要ターゲットとされてきた。9月には米特殊作戦軍のドローンが組織の幹部を暗殺したいきさつがある。
ISの指導者バグダディはシリア北西部にある同組織の司令官の邸宅に潜伏していたのを米特殊部隊に殺害された。つまり、IS残党勢力と「フラス・アルディン」が手を組んだことが十分考えられるわけだ。彼らがムハンマドの風刺画問題に対する報復の一環として、シリア渡航を望んでいた容疑者を利用したことは十分あり得ることだろう。容疑者がシリア渡航の手づるを探っていた時に徴用される関係ができたかもしれない。
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