2024年4月27日(土)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2020年11月30日

 アメリカにおいて、政治的目的を持った陰謀論と虚偽情報の氾濫が、アメリカ政治に如何に深刻な影響を与えているかについて、11月14日付けの英フィナンシャル・タイムズ紙が解説記事を掲載している。

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 ファイナンシャル・タイムズ紙の記事は、アメリカにおいて、陰謀論や虚偽情報の氾濫が今回の大統領・議会選挙、ひいてはアメリカ政治に深刻な影響を与えていることを、具体例を示しつつ抑制されたトーンで解説している。

 現在のアメリカ政治の混乱と今後の動向を考える上で、特異ではあるが無視できないものであると考えて取り上げた。

 アメリカの各種選挙においては、これまでにも対立候補、政党に対する誹謗中傷合戦はよく見られたが、今回の選挙のように大規模、組織的に行われ、その対象が対立陣営に対するものに止まらず、選挙のプロセスや結果に対する攻撃という、民主主義の信頼を損ねるものにまでなっていることは、これまでに無かった現象であり、深刻に捉えるべきであろう。記事でも述べられているように、このような現象は今回の選挙で突然起きたものではなく、過去4~5 年間にトランプ大統領がツイッターや一部保守系メディアのトークショーなどで陰謀論(いわゆるディープステート論)や多数の虚偽情報を流し続け、それがソーシャルネットワークなどを通じて拡散したことが背景にある。

 問題なのは、このようなトランプの言動や行動を黙認し、時には党派的な利益のためにプロモートしてきた共和党の政党としての変質、劣化であろう。一部の識者の間では、共和党は最早正常な政党としての体をなしておらず、個人崇拝カルトの団体に堕しているとの極端な指摘もあるが、伝統的な中道右派・穏健保守政党しての性格を失いつつあるのは確かだ。今回の選挙に当たっては、責任ある政党として当然持つべき政策綱領(プラットフォーム)は発表されず、討議された様子もない。トランプ支持だけが売り物の政党に堕している。トランプ選挙陣営・政権が、今回の選挙で大規模な不正が行われたという根拠のない主張により敗北を認めず、行われるべき政権移行作業への協力を拒否していることについても――徐々に一部少数の議員や州知事、共和党支持者が敗北を認める発言を行っているが――党・議会首脳部や大多数の議員は沈黙するか、大統領の発言を支持しているのが現状である(このような対応の背景には、1月に予定されているジョージア州における連邦上院2議席の再選挙に向けての配慮――それまではなるべく大統領を怒らせず、再選挙に悪影響を与えないようにするため――という見方もある)。

 陰謀論については、各種の陰謀論を主張したり推進したりするグループの活動が活発化している。このような状況が、周辺での散発的なものであれば害は少ない。しかし、最近、このようなグループが中央の政治に影響を与える兆候が出てきている。一例は、日本のメディアでも報道されている、Qアノンなるグループである。その主張は、常識ある人ならば悪い冗談としか思えないような馬鹿馬鹿しい内容であるが(そもそも、陰謀論の多くはそのようなものであろう。もちろん、このグループは、陰謀からアメリカを救う救世主としてトランプ大統領を強く支持している)、今回大統領選と同時に行われた議会選挙では、Qアノンやその主張を公然と支持する多数の立候補者が現れ、ジョージア州では共和党公認候補として連邦下院の当選者(マージョリー・グリーン氏)を出した。

 このように、中央政界にまで陰謀論推進グループの影響が及びつつあることは、アメリカ政治、民主主義の健全化にとって危惧すべき事態である。数の上では無視しうるような勢力でも、連邦議員の中に支持者を得ることは、その情報発信力を飛躍的に大きなものにする可能性がある。

 本件記事では、陰謀論、虚偽情報による政治が、今回選挙だけの一時的な現象であり、それほど心配することではないとの意見も取り上げられている。トランプ大統領が敗北を認めて退場すれば、事態は改善するのか?共和党は再び穏健保守という本来の姿を取り戻せるのか?トランプ大統領が、今回選挙での7000万票を超える有権者の支持、何があってもトランプ支持を固持する岩盤支持層の存在、更には2024年の次回大統領選への再出馬の可能性という武器を駆使して、自身の退任後も共和党内に強い政治的影響力を保持し続けていく可能性は十分あるように思われる(上記で述べた、現在の共和党首脳、大多数の議員の沈黙は――上院再選挙への短期的な配慮とともに――そのような兆候を暗示しているのではないか?)。その結果、陰謀論、虚偽情報による政治が特異な一時的現象では終わらず、アメリカの政治的カルチャーとして根付いていくようなことになれば、民主主義制度の健全な運営にとって極めて憂慮すべき事態と言える。

 共和党が、果たしてトランプの“呪縛”から逃れることが出来るのか、その答えが、今後のアメリカ政治、民主主義の行方に極めて重大な意味を持っているのではないだろうか。

  
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