2024年4月23日(火)

WEDGE REPORT

2021年2月9日

 米下院は2月9日、トランプ前大統領(共和党)に対する弾劾裁判を開始する。検察官役を担う民主党議員団はトランプ氏が先月、支持者をあおって連邦議会議事堂を襲撃させたとして「反乱の扇動」を指弾。共和党は一般市民となった退任大統領を裁くのは「憲法違反」と反論する見通し。審理は来週には結審し、弾劾投票に付されるが、同氏の無罪はほぼ確定的な情勢だ。

(JMP Traveler/gettyimages)

「歴史への裏切り」か「馬鹿げた試み」か

 弾劾裁判に先立って、上院民主党、共和党の指導者であるシューマー、マコネル両院内総務が8日、審理の進め方について合意した。米メディアなどが伝えた合意内容によると、審理はまず、今回の弾劾裁判が合憲か否かを論議、投票によって裁判の正当性について決着を付けるところから始まる。

 というのも、トランプ氏がすでに退任した前大統領であり、憲法の規定には退任大統領を弾劾で裁く規定がないからだ。だが、共和党寄りの保守派も含め大方の専門家は前大統領を裁くのは憲法上問題がないという考え。19世紀に元戦争大臣が弾劾にかけられたことがあり、この前例に則るという意見だ。退任大統領が裁かれるのは史上初であり、同じ大統領が2度弾劾を受けるのも同氏が初めてケースだ。

 上院の勢力図は両党が50対50で均衡しており、もし投票が同数になれば、上院の議長であるハリス副大統領が投票権を行使する。裁判長役は民主党の最古参の上院議員であるレーヒー氏が務める。この後、民主党下院議員9人で構成する検察団とトランプ氏の弁護団がそれぞれ16時間ずつ主張を展開、12日にいったん休会し、13日に再開する予定。

 証人を呼ぶかどうかは未定だが、トランプ氏は証人として出廷することをすでに拒否した。民主党はバイデン大統領が推進する約2兆ドルの「コロナ支援策」を早期に成立させたい考えである一方、共和党も弾劾裁判が長引き、トランプ氏の扇動的な言動がいつまでも国民にさらされることを懸念しており、両党とも来週中には裁判を決着させることで思惑が一致している。

 事前に明らかにされた起訴状は「トランプ氏が大統領職に留まるという目的のために支持者らをけしかけ、議会を襲撃させて民主主義の土台を危機にさらした」などと糾弾、権力を乱用した「歴史的な裏切り」などと非難している。民主党検察団はトランプ氏の演説で刺激された支持者らが議事堂を襲撃した動画を証拠として提出、共和党議員にあらためて事件の重大性を訴える構え。

 これに対し、トランプ弁護団は退任した大統領が弾劾で裁かれることはないとして、裁判の違憲性を主張、「明らかに馬鹿げた試み」「民主党指導部の政治的、利己的な行動」などと弁論を展開する見通し。このほか、弁護団は①トランプ氏には修正憲法第1条で保障された言論の自由があり、扇動したのではなく、自分の意見を述べたにすぎない②バイデン大統領が国の結束を目指している中、弾劾裁判は分断を深刻化させるーなどと反論すると見られる。

 だが、言論の自由が保障されているからといって「何を言っても良い」ということにはならない。映画館で「火事だ」と叫ぶのは言論の自由には当たらない。ましてや国家の指導者という立場にあれば、なおさらである。弁護団は黒人差別撤廃運動の際にデモの一部が暴徒化した動画を証拠として提出し、検察団の議事堂襲撃の動画に対抗するとの見方もある。

2022年の中間選挙の影

 最終的にトランプ氏を有罪にするには、出席する上院議員の3分の2の賛成が必要。100人全員が投票するのを前提にすれば、67人の賛成がなければ、無罪になるということだ。要は共和党から17人の賛成が必要となる。共和党議員が先月、弾劾の根拠がないとして提出した「弾劾の異議申し立て」をめぐる採決は、賛成45、反対55で否決された。

 つまり、共和党の5人が賛成に回ったことになるが、17人の造反にはほど遠い。5人はロムニー(ユタ州)、マカウスキ(アラスカ州)、コリンズ(メイン州)議員らだ。米メディアによると、現状では、上院議員のうち40人が弾劾に賛成、37人が反対、残りは未定とされる。反対票が37人であれば、有罪に必要な67票には達せず、このままいけば、トランプ氏が再び無罪になることが濃厚だ。

 議事堂襲撃事件の直後には、トランプ氏と近い関係にあった議員も批判的だったが、その勢いは消えた。上院共和党の指導者であるマコネル院内総務自身、当初はトランプ氏の言動は弾劾に相当するとし、今もなお同氏と没交渉状態にあるが、異議申し立てには賛成に回った。こうした背景には、「トランプ大統領は退場したが、トランピズムは残った」(共和党関係者)というように、大統領選挙で7千万人を超える支持を得たトランプ氏の巨大な影がある。

 現実問題として共和党議員が懸念するのは2022年の中間選挙への同氏の影響力だ。弾劾訴追した下院では共和党ナンバー3のチェイニー議員(ワイオミング州)ら10人が賛成票を投じた。しかし、チェイニー氏は指導部の地位はく奪の内部動議に掛けられ、61人がこれに賛成した。

 チェイニー氏の地元では、トランプ氏の長男や支持者らが中間選挙で同氏に対抗して出馬する人物を支援する集会に出席、応援演説した。トランプ氏に逆らえば、同氏の怒りを買い、このように選挙で対抗馬を立てられ、落選する憂き目に陥りかねない。「共和党下院のトランプ派は130人という最大派閥」(ワシントン・ポスト)と伝えられており、トランプ氏の存在感は大きい。


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