共産党支配の維持という
「理念」のための法整備
今年2月に施行された「ITプラットフォーム企業に対する独占禁止ガイドライン」では他社サービスの排除などの取引禁止が具体的な項目として盛り込まれた。中国政府はなぜこのタイミングでプラットフォーム企業に対する規制に踏み切ったのか。
「これまでプラットフォーム企業は聖域と見られてきた」
中国の独占禁止法に詳しい、神戸大学法学部の川島富士雄教授はこう指摘する。中国セキュリティソフト大手のチーフー360がテンセントを提訴した13年の裁判で、テンセントがメッセージソフト市場で80%以上のシェアを持つことを認めつつも、市場支配的地位を有してはいないとの司法判断が下されたことは典型だ。さらに、アリババ、テンセントが独占禁止法業界に強い影響力を持っていたことも聖域説の根拠とされていたという。
「アリババ、テンセントがスポンサーになった学会が開催されるなど、独禁法コミュニティへの食い込みは相当なものがあった。独禁法コミュニティにITバブル到来というジョークまでささやかれたほどで、その影響力は独禁法執行当局内部にまで及んでいるとの見方まであった」(川島教授)
一方でこれほどまでに独禁法コミュニティへの工作を行うのは、いつか取り締まりが来るとの恐れを抱いていたためだと川島教授は分析する。ついに〝狼がやってきた〟というわけだ。
川島教授によると、20年に転換点となる出来事があった。4月にアリババの蒋凡(ジャン・ファン)副総裁と女性インフルエンサーの不倫スキャンダルが浮上したが、アリババが出資するSNS「ウェイボー」が関連情報を削除したことが発覚し、中国共産党中央宣伝部が「資本の世論操縦防止が必要」と発言、一企業が中国共産党の職掌に踏み込んだことに不快感を示した。
また、デジタル人民元の実証実験が進むなか、IT大手のモバイル決済に依存せずとも政府による消費者情報の収集が可能になりつつある。これらの出来事により、中国共産党と巨大IT企業との協力関係にヒビが入り、プラットフォーム企業はむしろ党支配への脅威との見方が高まった、と川島教授は考察している。
「そもそも独占禁止法は純粋に経済面から制定されたものではないとの見方もある。米法学者のリナ・カーンは、巨大IT規制の強化を提唱する中で、米国の独占禁止法が富や権力の集中を防ぐという理念に基づいていたと主張した。共産党支配の維持という異なる政治理念ではあるが、そのために独占禁止法が動員されるという構図では共通している」(同)
一党独裁を固守する中国共産党にとって、巨大IT企業が自らの領分を侵すことは看過できない。そうした中国固有の事情に加え、国際的なプラットフォーム企業規制という潮流をも背景として、中国政府と巨大IT企業の関係は今、大きく変化している。
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