2024年5月2日(木)

Wedge REPORT

2021年5月6日

病院との関係も変化
求められる〝医療行為〟

 高度医療を施す「治す医療」から、生活の質を上げる「支える医療」への対応も欠かせなくなっている。

 訪問看護ステーションを全国で展開するソフィアメディ(東京都品川区)の中川征士グループマネジャーは「現場では介護士と看護師の棲み分けが難しくなっておりコミュニケーションをとりながら担当を決め、介護と看護が補完し合っている」と話す。

 例えば、入浴介助の多くは介護士が行うが、人工関節をしている場合、転倒リスクが高くなるため看護師が担当する。薬の服用管理は通常なら介護士だが、副作用も考慮した管理が必要な場合、看護師が行うこととなる。

 「高齢者の状況に合わせて対応する介護士は柔軟性や適応力が高い。看護師業務の一部も担えるようになれば、病院で研修を受けてきた看護師と比べ、在宅医療で大きな力を発揮できる」と中川氏は期待する。

 ただ、現状は医師法や歯科医師法により介護士のできうる医療行為は限られる。体温や血圧の測定、軽微なけがの手当てはできるものの、湿布の貼付や目薬の点眼、座薬の挿入は症状が不安定でない時に限られる上、高齢者本人や家族による依頼が前提である。しかも、薬剤師の服薬指導を受けるなどの制約もある。こうした背景もあり、介護業界の現場からは「我々はあくまでも生活支援が仕事」との声も大きい。

 介護士が看護師資格取得へと進む場合にも、特別な支援制度があるわけではない。都内で複数の介護施設を運営する社会福祉法人足立邦栄会(足立区)の新井五輪子理事長は、医療と連携した看取りにも事業を広げようと、看護師資格取得を進めたが、看護学校に3年間通わなければならなかった。施設運営の業務を離れ、土日や夏季・冬季の長期休みに仕事をしながら通った。「学んできたことや経験したことについて改めて受講しなければならないこともあった。統一できるカリキュラムもあると思うこともあった」と振り返る。

(出所)厚生労働省資料などを基にウェッジ作成 写真を拡大

介護と看護の一体で
地域包括ケアの中心に

 日本のように介護と看護の資格や役割がはっきり分かれている制度は、世界的にも珍しい。社会保険制度改革を積極的に進めるオランダは、介護と看護の資格を5段階に分けて、キャリアアップしていく仕組みとなっている。レベル1は家事援助で、レベル2は身体介護、レベル3は介護計画の策定といったケアワーカー、レベル4は看護師、レベル5はプライマリーケアの助言・指導が行える看護師、といった形で、それぞれに必要な教育期間や学ぶべき項目が設けられている。ドイツも12年に介護士と看護師の資格を統合させている。

 厚労省は医療・福祉の複数資格に共通の基礎課程創設を検討している。複数資格取得で多様なキャリアパスを形成できるシステム構築を図るものだ。

 介護福祉士らが保育士資格試験を受験する時に一部科目免除などの措置が18年度から取られるようになった。だが、医療関連と福祉関連や准看護師は、教育カリキュラムの仕組みが異なる部分があり、共通化への道は遠くなっている。また、介護行政に詳しい上智大学総合人間科学部の栃本一三郎教授は「多様な資格を取れるというだけでは、これからの高齢社会に必要な人材養成にはならない。高い専門性を備えた資格を設け、そこを目指す人材を増やしていかなければならない」と指摘する。

 今後の介護業界で必要な人材の一つとして考えられるのが、地域包括ケアの中心を担う人材だ。千葉県南房総で地域医療を展開する亀田総合病院グループで在宅医療を担う岩間秀幸医師は「医療と介護をつなげる看護師こそ地域包括ケアに欠かせない中心的存在と言える」と強調する。

 「患者が『おなか痛い』と言った際に、医師は診断・処方に限られる。それに対して看護師はおなかのマッサージをしたり楽な姿勢にさせたりして苦痛をやわらげることができる。介護士が『苦しそう』と気付いた人に、看護師は呼吸数や酸素飽和度を評価して伝えてくれる。医師の目となり、耳となり、手となることができる」(同)という。

 生活に根ざした医療行為でない緩和ケアを増やしていければ、高齢者の医療依存度は下がり、日常生活の支障は軽減される。国としても医療費削減につながる可能性もあろう。こうした「生活に根ざした」高齢者ケアは介護士が最も得意とするところではないか。「介護の経験を基に医学的知識をつけた人材が増えれば、今後の高齢化社会に大きく貢献するものとなる」(足立邦栄会・新井理事長)と現場からの期待も大きい。そうした「専門性」のある人に通常以上の報酬を支払うシステムも必要であろう。そうしたやりがいと待遇が若者らの「なりたい仕事」へとつながるのではないだろうか。

 介護職のなり手が少ないなら、1人の介護士が医療分野にも対応し、多くの高齢者を看ていく。世界でも類例がない超高齢社会の日本は、こうした発想の転換が必要である。これは何も介護に限ったことではなく、年金や医療などあらゆることに通ずるものだ。

      (出所)厚生労働省資料を基にウェッジ作成
      (注)看護職員は保健師と助産師も含む 写真を拡大
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■昭和を引きずる社会保障 崩壊防ぐ復活の処方箋
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PART 2  人口減少   新型コロナが加速させた人口減少 〝成長神話〟をリセットせよ    
PART 3  医療        「医療」から「介護」への転換期 〝高コスト体質〟からの脱却を     
PART 4  少子化対策 「男性を家庭に返す」  これが日本の少子化対策の第一歩
PART 5  歴史        「人口減少悲観論」を乗り越え希望を持てる社会を描け       
PART 6  制度改革    分水嶺に立つ社会保障制度  こうすれば甦る
Column 高齢者活躍 お金だけが支えじゃない  高齢者はもっと活躍できる
PART 7  国民理解    「国家 対 国民」の対立意識やめ真の社会保障を実現しよう

  
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◆Wedge2021年5月号より

 

 

 

 


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