2024年12月26日(木)

Wedge REPORT

2021年2月22日

 「感染症対策実務も踏まえ、新たな感染症が発生した時に使う新システムはほぼ完成していた。準備をしておいてという連絡も厚生労働省から関係者に来ていた。しかし、結局それは〝お蔵入り〟となり、急に『HER-SYS』(ハーシス)が開発・導入された」(国立病院機構三重病院の谷口清州臨床研究部長)

 「ハーシス」とは、新型コロナウイルス患者・疑似症患者の情報を入力するシステムだ。新型コロナは感染症法上の指定感染症に指定されており、基本的にはハーシスを通じて医師が管轄の保健所に「新型コロナウイルス感染症発生届(発生届)」を提出する。

 ハーシスが急ピッチで導入されたのは2020年4月、ある医師が「手書き」で発生届を書いていることをツイートし、それを河野太郎防衛大臣(当時)が「拾いあげ」たことが契機だった。1回目の緊急事態宣言の最中に開発が進められ、5月には一部自治体で導入された。

 厚労省HPには「保健所等の業務負担軽減および情報共有・把握の迅速化を図るため」とあるが、複数の保健所から「多くの場合、患者の情報は医師の代行で入力することが多く、そのための人員を配置しているほど」「他の保健所が入力してくれた情報のうち、どの患者に早く対応しなければいけないのかが、時系列に並べられているだけで分かりにくい」など、使い勝手の悪さばかりを示す声が聞こえる。

 なぜこうしたシステムが開発されたのか。20年12月15日付の情報処理学会の学会誌に、ある保健所職員がその理由をこう寄稿している。

 「開発チームが誰一人として、発生届が出されるのは医療機関の管轄保健所という定義を知らなかった」

 つまり、現場がどう業務を行っているのかを理解しないまま開発した結果、感染者等の年齢や検査記録、発症日といった、国が感染症対策に必要な情報に加えて、患者の健康観察情報や、行動歴など、膨大な情報の入力を求めるシステムになってしまった。

 谷口臨床研究部長は「濃厚接触者の情報などは中央で一元的に集める必要はなかった。現状では入力必須項目は発生届と同じ項目に絞られたが、いまだに、入力したデータがどのように用いられたのか、のフィードバックすらない」と憤る。なにより「こうした失敗は過去にもあったにもかかわらずその学びが生かされなかった」という。

 過去の失敗とは「疑い症例調査支援システム」のことを指す。同システムは、ハーシスと同じように、患者を疑似症例として登録し、検査して確定例になると濃厚接触者を紐づけ、さらにその検査を行い、と情報入力を求めるものだった。こちらも09年の新型インフルエンザが発生した際、入力の手間がかかり、2カ月ほどで中止となった。

ただIT化しても機能しない

 こうした経緯を踏まえて開発していたのが冒頭の〝お蔵入り〟したシステムだ。厚労省新型コロナウイルス感染症対策推進本部の佐藤康弘政策企画官は「使用の検討をしたのは事実だが、全国一律での導入を見据えてハーシスを使うことになった」と説明する。

 しかし、事情に詳しい関係者は「現場の職員からすると手書きやFAXの方が素早く情報共有ができるなど使い勝手が良い面もあったのに、それが前時代的な発想として見られ政治家もそれに飛びついてしまった。本当のリーダーなら現場の声を正しく拾いあげて『ただIT化しても機能しない』と国民に毅然と説明してほしかった」と嘆く。

 今回の「失敗」を踏まえ、どのようなシステムを開発すべきか。谷口臨床研究部長は「現場において地域の感染症対策に役立つシステムをまず作り、その情報の中から、中央に必要なものを報告できるようにするなど、あくまでボトムアップでシステムを作る発想が大切だ」と指摘する。

 IT化=効率化・生産性向上に当てはまらないこともあるのだ。

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◆Wedge2021年3月号より


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