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2021年3月6日

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山崎泰央 (やまざき・やすお)

石巻専修大学経営学部教授

1968年神奈川県生まれ。ベンチャー企業勤務を経て、法政大学社会科学研究科博士後期課程満期退学。修士(経営)。2010年より現職。東日本大震災の復興支援活動に関わったことから、「復興ボランティア学」講座を開設し、震災の教訓を多面的に伝える活動をしている。

 東日本大震災から1年後の被災地は「起業ブーム」に沸いた。2012年の春、突然「被災地の起業を支援します」というNPO法人や社団法人が県外から現れたのだ。その数12団体。彼らは、「いま事業を始めるのであれば200万円の創業資金を補助します」という。

内閣府による起業支援事業の合同説明会(2012年5月)。支援事業者へ個別相談する創業希望者でにぎわった (YASUO YAMAZAKI)

 それは、収入の途を失った被災者や、活動資金の欲しいNPOにとって渡りに船だった。もちろん、コンペという名の審査はある。それでも、巷でよく行われている、誰かが単体で主催する創業支援コンペとは違う。今回は12もの団体が独自の条件を提示して、一斉に募集をするのだから、門戸は広い。

 その結果、地域住民のみならず、被災地外からも創業希望者が続々と流入し、新たな事業が次々と生まれた。これに続いて雇用も増え、被災地の地域経済が活性化することになれば良かったのだが、現実の結果は違った。

 内閣府は12年、東日本大震災からの復興に資する起業と雇用を創造することを目的に、「復興支援型地域社会雇用創造事業」を実施した。この事業は「社会起業インキュベーション」と「社会的企業人材創出インターンシップ」の2事業で構成され、合計で32億円の国家予算が投じられた。

 冒頭の「起業ブーム」というのは、「社会起業インキュベーション事業(以下、起業支援事業)」のことだ。これは「被災地等における社会的企業の起業、または被災者による社会的企業の起業を支援する」ために、岩手、宮城、福島の被災3県を中心とした地域で、600人の創業を目標にしていた。

 だが、この「社会的企業」の定義があいまいで、地域の社会的な課題を解決するという理由付けがあれば、個人・法人を問わないし、業種も建設・土木以外であれば自由だった。結果的に、600人という数字が目的化し、駄菓子屋、マッサージ、ヨガ教室、きのこ栽培、八ヶ岳でのアクティビティなどの事業であっても支援していた。

 被災地の経済的復興を考えた場合、創業を促進することは効果的な施策といえる。東日本大震災後、事業所が大きく減少した三陸沿岸部であれば、雇用機会の創出にもなる。もし、600人の創業者が苦しみながらも成功し、その成功を見て新しい創業者が現れれば、創業者が創業者を生み、地域活性化の起爆剤になったかもしれない。

 しかし起業支援事業では、それは達成できなかった。なぜそうなったのか。端的に言えば、この事業について「未来のイメージ」がなかったということに尽きる。具体的に支援事業者と創業者の両面から検証をしてみよう。

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