WEDGE REPORT

2021年6月10日

»著者プロフィール
閉じる

藤原章生 (ふじわら・あきお)

作家、毎日新聞記者

1961年、福島県生まれ。北海道大学工学部卒業後、住友金属鉱山に入社。89年に毎日新聞社に入り、ジャーナリズムの道へ。92年に外信部に所属し、 93年にメキシコ留学。帰国後の95年から南アフリカ・ヨハネスブルグでアフリカ特派員、2002年からは、メキシコ市支局長、ラテンアメリカ特派員。08年〜12年までローマ支局長。5 年半に渡るアフリカ特派員時代の取材を元にした著書『絵はがきにされた少年』(集英社文庫)で05年の開高健ノンフィクション賞受賞。著書に、『世界はフラットにもの悲しくて』(テン・ブックス)、『資本主義の「終わりの始まり」―ギリシャ、イタリアで起きていること』 (新潮選書)、『ギリシャ危機の真実 ルポ「破綻」国家を行く』(毎日新聞社)『翻弄者』(集英社)、『ガルシア=マルケスに葬られた女』(集英社)。

(Snowshill/gettyimages)

 アメリカが新移民としてようやく迎え入れた1965年からこの方、アジア系移民に勤勉さ、従順さ、大人しさが当然のように求められてきた。

 もしアジア系がその条件からはみ出したら、どんな目に遭うのか。キャシー・パク・ホン氏はその象徴として、4年前に起きたベトナム系の医師、デイビッド・ダオ氏の事件を紹介している。

 <デイビッド・ダオの映像を見たとき、これは私の父のことだと思った。2017年4月9日、満席のユナイテッド航空の飛行機から警備員に引きずり出される映像だ。この日、座席が満席で二重予約があったため、乗務員は乗客に自主的な座席譲渡をお願いした。だが、誰もそれに応じなかったため、乗務員がランダムにダオを選び、席を譲るよう頼んだが彼はそれを拒否した。乗務員は警備員を呼び、彼らが強制的にダオを外に連れ出した。ダオは69歳のベトナム系の男性で、やせ型で最近カットしたばかりの黒髪で、黒いパタゴニア製のセーターにカーキ色のキャンバス帽と身だしなみに文句はなかったが、「連行」の際に殴られ>、顔中、血だらけになった。

 <座席から引きずり出される前、3人の乗務員が窓側の席にいるダオを、まるで穴倉にいるマングースの首根っこを引っ張るかのようにねじ伏せていた。そのときのダオの唸り声。イタチのような金切り声。その金切り声が公共の場、飛行機のエコノミークラスの座席から発せられていることに、私は心臓が止まりそうになった。なんという屈辱だろう。ダオはまるでお漏らしをたかのようだ。それまで、評判の良い人だと認めてもらうのに、どれくらいの年月がかかったのか>

 アジア系の男が暴力的に飛行機から引きずり出されるニュース映像で、ダオ氏は当初、普通の「アメリカの中間層」のように報じられた。

 <ダオは普通とは違う。アメリカの誰もが同じような残酷な目に遭うことはない。彼はどこにでもいる男ではない。彼は私の父と同じだ。シカゴ航空当局の管理官たちは彼をどこにでもいる男ではなく、ただの物とみなした。彼を、あくまでも受け身な、男性的ではない、信用できない、疑わしい外国人とみた。長年かけて積み上げられたステレオタイプ像が無意識のうちに彼らの心にちらつき、行動に表れたのだろう>

 著者はダオ氏の映像から目が離せない。ダオ氏はただの被害者ではない。彼女の父のような風貌で、アジア系の置かれた状況を象徴している。彼女には特にダオ氏の金切り声が重く響いた。アメリカでめったに聞かれることのないアジア人ならではの声、ベトナム戦争を描いたアメリカ映画に出てくる、ベトナム人たちの意味不明の声、あるいは中国人たちの叫び、耳慣れない異形の者たちの異様な音。それが、アジア系の「違い」を見せつけられているように、著者には映る。

 <母国から大変な思いをしてこの国に来た移民たちは、それを乗り越えるためにあらゆることをしたはずだ。自分をだまし、妻を殴り、ギャンブルに走る。自分は生き残りであり、多くの生き残りと同様、ひどい親になる。ダオを見て、(朝鮮戦争の際、米兵の手で)家から引きずり出された自分の父(著者の祖父)を見た私の父のことを思った。私は同時に、意に反し母国から引き出された、あるいは追い出された歴史上のアジア人たちを思った>

 勤勉、従順と言われながら、少しでも抵抗するとひどい目に遭うアジア系。そのアジア系を妙に持ち上げる白人たちの言葉がパク・ホン氏は嫌でたまらない。

 <「アジア系は列の中で白人の次にいる」という言葉を聞くと、「白人」という言葉を「消滅」に変えたくなる。アジア系はいずれ消える。私たちは地位を築いたと思われており、法を守りながらこの国の記憶喪失の霧へと消えていく。我々は権力になれない代わりに、権力に吸い上げられる。白人の権力を分け与えられないどころか、我々の先祖を搾取してきた白人のイデオロギーの引き立て役にすぎない。

 この国は、人種上のアイデンティティーは重要じゃないと言う。いじめも昇進も、私たちが何か話すたびに言葉を遮られるのも、人種とは関係ないそうだ。私たちという人種はこの国とは何ら関係がないから、我々はよく統計で「その他」にされる。人種分析でも、レイプや職場内差別、DVで我々のことは議題に上がってこない>

 本の後半になって出てくる「マイナー・フィーリングズ」の定義はこうだ。

 <マイナー・フィーリングズが顔を出すのは、アメリカの楽観主義が自分に降りかかってくるとき。この楽観主義は自分の人種的な現実と矛盾するし、自分の知覚にも不協和音をもたらす。現実は変わらないと思っているのに、「現実は随分良くなっている」と言われるとき。自分の人生は失敗だったと思っているのに、「アジア系アメリカ人はとても成功している」と言われるとき。楽観は人に誤った期待を植えつけ、情緒不安定をもたらす。2017年の調査によると、公平な能力主義がアメリカのイデオロギーだという考えが、低収入の黒人ら有色人種の(小学)6年生に、自信喪失や行動障害をもたらしているという。ある教師が言うには、「彼らは自分たちでコントロールできない問題で、自分たちを責めている」そうだ>

 国の理想と現実との間で苦しみ、<マイナー・フィーリングズを最終的に人前にさらさしたとき、人はその感情を敵対的で不愉快で嫉妬深く、抑うつ的でけんか腰だとみなす。白人はその感情を、節度に欠ける人種的なふるまいだと言う。こうした白人たちの指摘に、我々アジア系は過剰に反応してしまう。なぜなら、構造的な不平等を生きてきた私たちの実体験が、現実を勘違いしている彼らと噛み合わないからだ>

 それでも、アジア系は見下されてきただけの被害者ではない。パク・ホン氏は自分たちにも批判の目を向ける。

 アジア系の商店の<店員が、何か万引きするんじゃないかと黒人客をつけ回すのを恥ずかしく思う。韓国系社会にある黒人に対する反発も恥ずかしい。アジア系はレイシズムの被害者であると同時に加害者でもある。いや、この言い方も単純すぎる。私は黒人、茶色い人たちよりも恵まれた集団に属している。例えば、アジア系アメリカ人は黒人が味わってきたほどのひどい不平等には遭ってはいない。韓国系移民は銀行のローンも借りられ、ロサンゼルスの南西部に店を持つことができた。韓国系は黒人と白人の戦いの単なる傍観者だとは到底思えない。韓国系住民は、私の家族もそうだが、最終的に白人のエリアに住むために、アフリカ系の客から利益を得てきたのだ>

 1992年のロサンゼルス暴動で、黒人が韓国系の商店を襲い銃撃戦にまで至ったのは、たまたまではない。積年の悪感情が違いにあったからだ。

編集部おすすめの関連記事

関連記事

新着記事

»もっと見る