MRAP投入により、眼に見える身体の負傷や死亡者は減りました。しかし、IEDの特徴として、相手の身体にダメージを加えることの他に、心理的なダメージを与えることがあげられます。それはまさにベトナム戦争でジャングルに仕掛けられた罠と同じように、米軍の行く手を阻むのです。「いつIEDに遭遇するかわからない」という恐怖感が米軍兵士にとっての大きな重圧になります。IEDは、僅か10ドルで製造でき、いろいろな場所に埋めるだけで、米軍の戦略や機動性をも奪ってしまう。アメリカは、アフガニスタンの国としての再建を目指していますが、移動距離のある地方であればあるほど、再建への道は難しいものとなっているのが現状です。
――MRAPの投入により、眼に見える身体の負傷や死亡は減ったということですが、今度は眼に見えないTBIが増えているのですか?
大治氏:MRAPがなかった戦争――古くはベトナム戦争、そしてイラク戦争やアフガニスタン戦争の初期――では、死亡または身体の負傷といった眼に見える外傷に目を奪われがちで、一見して外傷がなく眼に見えないタイプのTBIがあっても気づかれなかった可能性もあります。MRAPの登場により、眼に見える傷や命の危険性は大幅に減りましたが、にもかかわらず帰還兵の中に体の不調を訴える人が多い。その主な原因となっていたのがTBIでした。私がアメリカ特派員だった2008年頃より、TBI問題がクローズアップされ始め、09年にはニューヨーク・タイムズが特集ページを組んだほどです。
――日本ではアフガニスタンに関する報道はかなり少なくなってきています。09年5月にアフガニスタン東部のアメリカ軍基地へ従軍取材に行かれていますが、かなりの危険が伴う従軍取材へ参加した動機とは?
大治氏:アメリカ特派員として赴任した当初は、TBIについて追っていました。その過程で、僅か10ドルで製造できるIEDはどのくらいの威力をもつのかと疑問に思い始めました。僅か10ドルの爆弾に対抗するために、アメリカ軍は巨額の軍事予算を使い、頑丈な金庫のようなMRAPを開発した。この非対称性というのは、資料やデータを見ているだけではわからないのではないかと。実際にMRAPに乗り、米軍部隊がIEDの埋まる戦場をどのように移動し、戦略を進めているのか。資料だけでなく実際に現地へ行ってみなければわからないという思いから従軍取材を決意しました。
また、アメリカのメディアの現状を見ていくと、2000年頃までは規模も大きく海外支局も多かった。しかし、その後、インターネットが拡大して経営規模の縮小傾向が続き、08年のリーマン・ショックが追い打ちをかけ、ワシントン・ポストもボストン・グローブも海外支局を畳んでいるのが現状です。つまり、戦争当事国であるアメリカのメディアですら短期間の取材しかできず、戦争の現場の様子が十分に伝わってこない。