力による現状変更を目論む中国は、2012年5月、日中首脳会談で当時の温家宝首相が「日本は中国の核心的利益を尊重することが大事だ。釣魚島は中国の領土である」と主張した。この発言に続き、中国は翌13年、海監など海事関係の5機関を統合して「海警局」を設立、40隻だった巡視船(排水量1000㌧級以上)の増強に乗り出した。
さらに、18年には海警局を人民解放軍系統の武装警察に編入、19年には中国共産党中央軍事委員会の一元的な指揮を受ける準軍事組織とした。同年7月の国防白書では、初めて「釣魚島は中国固有の領土である」と明記し、海警の武装船による活動を「東シナ海の釣魚島海域での活動は法に従った主権行為である」と言い切っている。
増強する船舶は20年に131隻を数え、その中には海軍艦艇の塗装を変えるなど改修した1万トン級の大型艦や30㍉機関砲を搭載した武装船も含まれている。そして21年2月、中国は海警局の軍事的役割を明確にし、権限を付与、強化した「海警法」を施行した。
同法は「防衛作戦の任務を遂行する」ことを目的に、①主権侵害時には武器の使用など軍事的任務を行使する、②管轄海域の離島に外国が設置した建築物を強制撤去する――などの条項を盛り込んでいる。まさに尖閣諸島を念頭に置いた内容であり、命令があれば、今すぐにでも尖閣奪取に動き出すことができるという新たな局面に入ったのである。
足元を見透かされ、知恵のない政治
詰将棋を見ているような中国の周到かつ緻密な指し手に対し、時の政権は何をしてきたのか。92年の中国領海法制定に際し、当時の自民党政権は、北京駐在の日本大使に口頭で抗議させただけ。同年秋に天皇皇后両陛下の初訪中という歴史的な祝典を控えていたことに加え、国内では自衛隊初の国際協力活動への参加をめぐって与野党は激しく対立し、国内世論が分断する中では、やむを得なかった面もある。
ただし、日本が政治的に混乱し、日中の祝賀ムードに水を差せない状況だからこそ、中国はそれを好機ととらえ、あえて領海法を制定したと受け止める必要があった。問題の深刻さを認識していれば、初訪中という祝典終了後に、きちんと抗議して日本の意志を示すことはできたはずだ。残念ながら、同じことが海道保護法でも繰り返されてしまった。
中国は2009年に政権交代して誕生した民主党政権が、沖縄の米軍基地問題で日米同盟を悪化させたことを見逃さなかった。しかも、同党は対中重視に軸足を置き、当時の胡錦涛国家主席を表敬するため、党の幹部らが大挙して中国を訪問している。
朝貢と言っていいほどの異様な光景をニュースで覚えている人も多いだろうが、中国はこの好機を利用し、尖閣諸島などを国家として管理保護するという海道保護法を制定した。10年3月の施行直後には、同諸島の領海内で中国漁船が海保の巡視船に衝突を繰り返し、逃走する事件を引き起こしているが、東シナ海を〝友愛の海〟と標榜する民主党政権は、事件は偶発的だったとして、逮捕した漁船の船長を釈放してしまった。こんな対応では、中国になめられても仕方がない。
そして今年2月、新型コロナウイルスの感染拡大に乗じて、中国は主権侵害に対し武器使用などを認めた海警法を施行させた。想定される最悪の事態に備え、必要であれば法整備を含めた対応策を検討しなければならないが、安倍晋三政権とその後の菅義偉政権は、コロナ対応と東京五輪の開催に追われ、野党も政権批判ばかりで、尖閣危機は議論すら行われていない。