〝あの国〟に向けて発した衝撃のメッセージ
さて、本題の金正恩氏の記念演説は日本語にして約6200文字、原稿用紙15枚以上の分量に及ぶ。金正恩氏は演説冒頭で自衛2021の意義を述べたあと、17回にわたって韓国を指す「南朝鮮」に言及した。
ちなみに、米国への言及は4回、日本への言及はないことから、金正恩氏がどの国を念頭にして自衛2021を開催したのか容易に想像がつく。金正恩氏の意図がうかがえる部分を抜粋する。
「最近になって度を超えるほど露骨になる韓国の軍備近代化の企図を見ても、朝鮮半島地域の軍事的環境が変化する近い将来を容易に推測できる。(中略)韓国は米国の強力な後押しの下でステルス合同打撃戦闘機と高高度無人偵察機、膨大な各種先端兵器を搬入し、自軍の戦闘力を更新しようとしている。(中略)そして、最近になってミサイルガイドラインを改定したのち、自らの国防技術力を特に強調して、さまざまな弾頭の開発、射程の向上など下心が見えすいたミサイル能力向上をはじめ、潜水艦の戦力強化、戦闘機の開発など多方面にわたる攻撃用軍事兵器の近代化に専念している」
金正恩氏はこの後、「重ねて言うが、韓国は我々の武力が向かい合う対象ではない。我々が韓国を標的にして国防力を強化しているのでないことは確かだ」とやや腰の引けた発言をしているが、韓国への言及回数とその内容から、最近の韓国による軍備強化に強いプレッシャーを受けていることは確かで、自衛2021の開催自体が韓国への強いメッセージになっていることがうかがえる。
金正恩氏が恐れる韓国の最新兵器
日本の保守系論壇からは、文在寅大統領は親北派であり、日米から離反して北朝鮮寄りの政策をとっている旨の意見が聞こえてくる。しかし、上述のとおり、金正恩氏は韓国の軍備強化を強く警戒し、言葉は悪いが〝ビビっている〟のが実態だ。
文在寅大統領が9月21日の国連総会一般討論演説で「朝鮮戦争終結宣言」に言及したことについて、事実上のナンバー2である金与正氏が「終結宣言は興味深い提案であり、良い発想であると考える。終結宣言は悪くない」と肯定的な発言をした背景には、北朝鮮優位と思われてきた南北の軍事バランスがここにきて逆転してきたことがある。
金与正氏の談話に続いて、北朝鮮が断絶していた南北通信線を10月4日に再開したことは、北朝鮮が軍事バランスの変化を敏感に感じ取って南北対話に応じる姿勢を示したとも見ることができる。
金正恩氏の上述記念演説からうかがえる、同氏が特に警戒している韓国の兵器にはどのようなものがあるのだろうか。計60機を米国から導入予定のステルス戦闘機「F−35」、韓国とインドネシアが共同開発する第4.5世代戦闘機「KF−21 ポメラ」に加えて、韓国が独自開発したSRBM「玄武−1・2」と巡航ミサイル「玄武−3」、SLBM「玄武−4」を挙げることができる。
その中でも金正恩氏が恐怖心を抱いているのは、演説で「ミサイルガイドラインを改定したのち、自らの国防技術力を特に強調して、さまざまな弾頭の開発、射程の向上」と言及した韓国のミサイル開発だろう。
文在寅大統領は今年5月の米韓首脳会談で、韓国のミサイル開発を制限していた米韓ミサイルガイドラインからの離脱を宣言し、対北抑止力強化への強い意思を見せた。その後、韓国は9月15日、今年8月13日に就役した独自開発・建造の新型潜水艦「島山安昌浩」からSLBMを発射し、同艦を実戦配備すると発表した。
次いで10月21日には、文在寅大統領が視察する中で初の国産ロケット「ヌリ」を打ち上げた。ヌリは目的である模擬衛星の軌道投入には失敗したが、人工衛星運搬ロケットとICBM開発は共通点が多いことから、ヌリの打ち上げ成功は韓国がICBM保有能力を持ったことを意味する。
北朝鮮は06年の核実験以降、度重なる国連安保理決議によって制裁を受けていることは周知のとおり。17年7月のICBM発射実験では、石炭や繊維製品などを全面禁輸して、北朝鮮の輸出収入を断つ制裁が決議された。
果たして、金正恩氏は韓国のSLBMと事実上のICBMの発射をどのような心境で眺めていたのか。最近の南北ミサイル軍拡関連事象を整理したものは下表の通りだ。