武尊とのドリームマッチが組まれたことで那須川は今年の4月2日に東京・国立代々木競技場第一体育館で開催される『Cygames presents RISE ELDORADO 2022 ~Tenshin Nasukawa Finalmatch~』を花道とする予定だったキックボクシング引退を約2カ月先延ばしにした。RIZINラストマッチも那須川は試合後に涙したものの、半年後に対戦を控える宿命の相手・武尊とリング上で〝対峙〟するシーンもあり、どちらかと言えば「プロローグ」の意味合いのほうが強いように思えた。
榊原CEOを筆頭としたRIZIN側が中立の立場を貫いて武尊、そしてK―1サイドとの交渉に尽力し、那須川VS武尊のドリームマッチ実現に漕ぎ着けた陰の努力には本当に頭が下がる。ただこれ以上ない究極の相手との対戦を実現させることになった半面、対照的に那須川の大みそかRIZINラストマッチはキックルールで対戦する相手がなかなか決まらず難航を強いられた。
こうした経緯において白羽の矢を立てられたのが元PRIDEライト級王者の〝火の玉ボーイ〟五味だった。かつて那須川は五味が会長を務めるイーストリンカンラスカルジムで練習したこともある。
両者のかけ離れた体重差とギリギリで決まった試合には批判の声もネット上では数多く散見されたが、水面下において榊原CEOらが武尊戦の実現に注力していたことや大みそかの対戦候補にオファーをかけても相手が那須川であることに恐れをなしてことごとく断られてしまうという背景があった裏事情を鑑みれば、五味戦はベストとは言い切れなくてもベターなマッチメイクだったと思う。
何より、最終的に「大好きな選手だった」として五味を対戦相手に指名したのは那須川本人であったことも、それを物語っている。いずれにせよ、この無謀な試合を引き受けた五味には「さすが」という他にない。
振り払いたかったメイウェザー戦の記憶
那須川にとって、RIZINラストマッチが五味になったことは大きな意味もあった。3年前の大みそか、RIZINのリングにおいてボクシング・エキシビションマッチで対戦したボクシングの元世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザーの存在を〝払拭〟させることである。
2018年の大みそかに那須川は15発のパンチで完膚なきまでに叩きのめされ3度のダウンを喫し、1回2分19秒、TKO負け。この時も那須川は約4.6キロ重いメイウェザーを相手にパンチをかすめるなど必死の抵抗を見せたが、結局子ども扱いにされた挙げ句惨敗した。
ましてや「マネー」ことメイウェザーは当時の時点ですでにセミリタイア状態だったとはいえ、神技的ディフェンスなど世界トップレベルのボクシングテクニックを誇っていた。那須川は勝つどころか、対等に戦えるはずもなかったのである。
那須川が後にボクシング転向を決意するのも、このメイウェザー戦の屈辱があったからとも言われている。だからこそ自分よりも、そして当時のメイウェザーよりも遥かに重く、総合格闘技(MMA)ファイターとはいえパンチテクニックにも優れている五味との対戦を望み、ボコボコにKOされることも覚悟の上でリングに立ったのだろう。同じRIZINの最後のリングで原点に立ち返るため、あの屈辱を味合わされたメイウェザーの姿を五味の向こう側に見ていた――。